嘘日記 その10 「元旦」最終章



  (1)
「メグが妊娠したらしいの・・・」ミヤ。
「えぇ・・・」プー。
運転しながら、島さんは、ちらっと横目で助手席を見て
「・・・らしいって・・・?」
「したのよ」ミヤ。

ギーさんの納骨を済ませた次の週、また共同墓地に向かった。佳さんがどうしても行きたいと言いだし、ミヤも興味をしめしたので島さんと4人で行くことになった。その帰りに佳さんを下ろしてから、ミヤが娘メグのことをこぼした。

島、ミヤ、プーの3人で寮のリビングに上がった。酒を呑むには早すぎる時間だった。
「で、誰、相手は」島。
「Kくん」ミヤ。
「Kくんって、俺の引越しを手伝ってくれた、あいつか・・・?」
「そう」


先週、ギーさんの納骨をすませ「ミラノ」にもどるとミヤちゃんと佳さんが待っていて、皆んなでカキ鍋をつっついて呑んだ。おひらきの頃になって佳さんが言った
「わたし、行ってみたい・・・」
「わたしも、どんな所か見てみたい」
と、ミヤも言い出して、島さんとプーの4人で出かけた。梅の盛りがすぎて桜の芽が開きかけていた。

「で、どうするの・・・?」島。
「本人は、産みたいと言っている」ミヤ。
島にも、プーにも、いろいろやらなければならないことが思い浮かんだ。それは、ミヤが考えている事でもあった。おとなの分別というか常識のようなもの。若いふたりにはどうでもいいような手続きがある。
「とにかく、Kくんに会ってみたいね・・・」島。
「わたしも・・・メグが打ち明けただけで・・・」ミヤ。
「じゃ、とにかく2人に会って話してみよう・・・それからだね」島。


(2)
島が「ミラノ」の寮に引っ越してきたときは、ミヤの娘(メグと和)とKくんが手伝ってくれた(プーやギーさん達は店の仕事)。Kくんは貴重な男手として島と一緒になって机、ベッドなどを運んでくれた。弱々しい体形で力仕事向きではなかったが、猫の手よりはましだった。
「こんにちは・・・」
挨拶はしたのかもしれないが、その後、引越し作業中、Kくんはひと言もしゃべらなかったような気がする。ミヤに指示されたことはするが、自らすすんで物を運んだりすることはなかった。お手伝いを嫌がっているわけではなく、何をしていいのか分からないようだった。

引越しの労をねぎらって「ミラノ」で食事をすると、食べるだけたべると若者3人(メグ、和、K)でさっさとカラオケに行ってしまった。そのあと、ミヤがつぶやいていた。
「Kくんはね、メグの中学の同級生。中学のとき、イジメにあってね、なんとか卒業して高校には入ったけど、やめちゃったのよ。こんど、大検を受けるらしい・・・」

「あいつか・・・」
島は言葉には出さなかったが、引越し当時のKくんの様子を思いおこしていた。
悪い奴でも嫌いなやつでもない。かといって、いい奴でも好きなやつでもない。たとえ親子以上に年齢がはなれていても、会話をしなくても、しばらく一緒に何かをすれば、ほんの少しではあるにしても何らかの感触を得るものだ。が、これといった印象がない。無口で、内向的で気のきかないアキバ系。いずれにしても、関わりがもてそうにない・・・。

そこで島は、Kくんと同じ自分の20歳のころを思い浮かべようとしてみた。
・・・なんとか3流大学にもぐり込んで勉強もせず(ちょうど大学紛争がさかんな頃で大学はロックアウトしていた)ブラブラしていた。友達の名が3つ4つと、どんなバイトをしたとか、どこへ旅したとかは思い出せるのだが、その当時の心境が消えている。
ただ振り返って言えるのは、青春時代の真っ盛りにいながら、さほど楽しくもなかった。友達ができたり、恋人ができたり、旅をしたり・・・もちろん楽しいことはいっぱいあったにはあったのだが・・・全体として、暗い春のようで、劣った自分に嫌気がさして、何をしていいのか分からなかった。虚栄のせいか、何がしたいのかも分からなかった。場当たり的に喜怒哀楽を発散しているだけだった。

思えば、Kくんも自分も似たようなものだ。

その頃、島は5年後の自分が想像できなかった。10年先なんて考える気にもならなかった。覚えているのは、大人を大人というだけで嫌っていたこと。居酒屋などで、横でサラリーマンが上司の悪口をさかなに呑んでいたりすると軽蔑していた。こんな大人にだけはなりたくない、と強く思った。
ところが、5年10年はまたたくまに過ぎ、いつの間にか、あれほど嫌っていた大人に成り下がっている。それ以下かもしれない。
「生きているだけで、それだけで、いいではないか・・・」
と、今では思っているが、若い頃は、それではダメだったのだろう。理想があったり、夢があったりで
「パンのみにあらず」
と、思い込んでいた。

めずらしく自分の青春時代をふりかえったせいだろう、いつの間にか、Kくんと旧友谷村が入れかわっていた。谷村は大学時代の同級生で千駄ヶ谷のアパートに住んでいた。島は浦和の実家から渋谷まで通うのがめんどうでよく谷村の部屋に泊まった。たまには、ずるずると1週間、10日と居続けることもあった。さほど嫌がっているようには見えなかったが、後年、思い出話でそのことが話題になると、さすがに10日も居続けられると誰の部屋か分からなくなり、ウンザリした、と谷村はこぼした。

「確か、部屋に帰るとお前が居ると分かっていたので、避けるためにわざわざ友達の部屋に泊めてもらったこともあるよ・・・」谷村。

谷村とは30過ぎまでちょくちょく会っていたが、彼が結婚して子供ができた頃から疎遠になった。何か原因があって離れたのか、なんとなく、そうなったのか覚えていない。喧嘩別れをしたのではないと思う。たぶん、結婚して子供が2人できた谷村と、ひとりもんで気楽な島では生活のスタイルが違ったのだろう。

それが、還暦ちかくなってから、谷村から電話があった。

年賀状のやりとりのある仲間から島の連絡先を教えてもらったらしい。20数年ぶりに会った谷村はすっかり老け込み初老そのものだった。冬なのにコートも着ないで身を縮めている姿が印象に残ったからかもしれない。痩せて、髪の毛が薄くなり、顔に色艶がなかった。それから、年に4、5回、新宿で会うようになり、しばらくして谷村の家で彼の奥さんと3人で食事をしながら呑むようになった。


(3)
プー達とギーさんの墓参りをしてから佳さんの心持ちも一段落したもよう。気持ちの整理がついたのか、笑顔が見られるようになった。ギーさんがいなくなったこともあり、深夜は物騒なのでBarは12時ピタリに閉店することにした。
そのかわり、夕方5時に店にでて居酒屋「ミラノ」を手伝っている。プーとバイトの女子大生と3人で9時まで。9時からはBar「ミラノ」になり、プーはあがりバイトと2人で12時まで。バイトは佳さんの娘、ジュン、グレの誰かがはいっている。
音大生のグレの日は手が空いたらBGMでピアノを弾いている。おもにクラシックの名曲、映画音楽など。

ピアノはよく響くので音を落としている。それでも近所が住宅なので9時まで。それ以降は増田さんの生徒(セミプロ)やグレの音大の友達がギターを抱えてやってくる。アコースティックギターなら音は外にもれないので11時頃まで、会話のジャマにならない程度のBGM。彼らにはギャラは出さない。ただ、食事と1ドリンクは提供している。

たまに、ギターをバックに歌わせろ、って言う酔っぱらいがいるが、お断りしている。それをやりだすと店の雰囲気がガラッと変わり、別の店になってしまう。佳さんは、あくまでも大人が会話を楽しむサロンであってほしい、と思っているので、素人の歌は勘弁してもらっている。しつこいお客様には隣近所のカラオケスナックを紹介している。

BGMのギターリストにはまったく気づかない客もいるし、リクエストをしてチップを置いて帰る紳士もいる。

困るのは色気を求めてやって来るお客さん。そんなお客には荒川さんがビシッと言ってくれたのだが、今はもう仕事には出て来ない。ギーさんもいなくなって心細いが、佳さんは、なんとかこなしている。客あしらいがうまくなったわけではない。あくまでも素人だが、3年間やっていて、それなりにまともな常連客が集まり、家庭的な雰囲気になっていて、お色気Barではないのだが、たまに場違いな要求をするお客には荒川さんに習ってビシッとお断りする。
それが、できるようになった。

しばらくは、ギーさんがいてくれたらなぁ、と思うこともなくはなかった。思い出すと仕事の手が止まり、しばしボンヤリすることもあった。ときには涙ぐむことも。それが墓参りをしてからは仕事中に思い出すこともなくなった。

「Barミラノ」の常連さんは店の誰か(佳さん、ジュン、グレ、佳さんの娘)を気にいっている。なかには、まんべんなく皆に好感をもって店に通ってくれる人もいる。皆がみな人類愛にも似た気持ちで、お酒を呑み楽しい会話でひと時を過ごしていただければいいのだが。なかなか、そうゆうわけにもゆかない。

旅行のお土産の饅頭やパチンコの景品のチョコレートなどを持ってくるオジサンはそうでもないが、誕生日のプレゼントを手渡す人はたいてい下心あり。皆んなで食べて、っていうような物ならまだいいが、お気に入りだけにこっそり渡そうとするのは、厳重注意。それから、バイトの若い子にはブランド物などの高額なものは受け取らないように注意している。お客さんとのデートも禁止。

(4)
4月の第1日曜日は恒例の花見の予定だったが、急きょ中止になった。
日曜日にだけやっているバイキングランチに予約が入った、2つも。10人と12人。店を開ければそれ以外に花見の客も流れてくるだろう。何もこんないい時期に休むこともない。
「稼げるときに、稼がなきゃ・・・」ミヤ。
「そうやなぁ・・・」島。
「じゃ・・・月1の店休は差し替えよう」プー。
「別にさしかえなくてもいいんじゃない?」
「うん?」プー。
「毎月かならず1日休まなくても、温泉旅行とか、皆んなで何かやるときだけでいいんじゃない?」ミヤ。
「それじゃ、親睦も福利厚生もなくて、ギスギスした感じやなぁ」プー。
「そんなことないって。親睦は十分すぎるほど、あんた達やっている・・・呑みながら」ミヤ。
「会社やったら、土日とか休みの日に皆んなで集まれるけど、「ミラノ」みたいな飲食店は店休でもないと皆んなで一緒に何もできない」プー。
「正月の七草明けに連休して四万温泉に行ったのはよかったよね。同行した常連さんも11人もいて皆さん喜んでいたわよ。だから、ゴールデンウィーク明けにはまた、どっかに行こう。お盆は連休をとってもいいと思うし、川越まつりの翌日も休みやし・・・稼げるときに働いて、そのあとで休もう。月1の休みはやめようよ」ミヤ。
「その話しは、まぁ、あとでしよう。日曜日のバイキングランチは5時に終わるから、夜桜に行こう。喜多院でも連馨寺でも・・・行きたい者だけで」島。

そんなわけで、各自めいめいバラバラに夜桜見物をして7時ごろ「ミラノ」に集まってきた。バイキングを片付けたプー、島、ミヤの3人は連馨寺の境内をグルっとひと回りしてきた。
店を手伝っていたミヤの娘メグと和はいったん部屋にもどってから出直してきた。お休みだったヒロダン夫婦は「ミラノ」に来る途中の喜多院の境内を通り抜けてきた。敦子さんと安ちゃんは夜桜見物をせずに直接きたようだ。佳さん親子もそのようだ。

「ちょっと寒かったね。あれでは、熱燗でもいただかないと居られない」プー。
「ほとんど帰ったみたいだね。お昼はいっぱいだったらしいけど・・・」島。
「昼間はにぎわっていたわよ」敦子さん。
「喜多院もね、夜は酔っぱらいしかいなかった」ヒロダン。
「陽が落ちると急に冷えるからね」プー。

昼間のバイキングランチを仕込むときに夜桜宴会のぶんも一緒にやっておいた。それに、お酒の肴にマグロとしめ鯖、鳥の唐揚げ、アボガドとキュウリ、レタス、トマトのサラダ。
敦子さんが、いつもの手作りのチーズケーキを持ってきた。

今日、佳さんはギーさんの墓参りに行ってきた。3月にプー、島さん、ミヤちゃんと行ったばかりだが、ドライブがてら関越を飛ばしたら道に迷うこともなく1時間でついた。そこで、しばらく、ボンヤリしていた。山の桜は7分咲きだった。


昨日の土曜日、プーは川越のはずれ、鶴ヶ島に接した公園に初めて出かけた。その公園はちょうど霞ヶ関駅と鶴ヶ島駅の中間あたりなので、教えられたとおり鶴ヶ島駅で降りて10分ほどバスに乗った。道路の両側が桜並木になっていて、見事なものだ。公園の中を流れる小川の堤にもしだれ桜が延々とつづく。川の両サイドに調整池があり水鳥たちの棲家になっている。野球場のグランドぐらいの芝生の広場があり、なかに大きな桜の木が5、6本、晴れやかにその威容を誇っている。
メールをしておいたので、バス停で多恵が待っていた。

多恵について行くと広場の桜の木の下で娘の家族が席を作って待っていた。前回の2月に会ったときも、多恵は娘の恵の処に泊まってから恵と孫の寛(カン)を連れて「ミラノ」に来たのだった。多恵は、この月に1度の娘家族に会える1泊旅行を何よりも楽しみにしている。偶然、川越でプーに再会したことで、その楽しみに別の色合いがついた。
「おじさん、あのマンションの7階がお家なの・・・」
孫のカンが東の方を指差すと10階建てぐらいのマンションが3棟。
「あの右はし。天気がいいと富士山が見えるよ」

恵さんが弁当を作ってくれ、亭主が冷えた缶ビールを持ってきてくれた。孫のカンはジュースで、多恵と恵さんはビールをひと口だけ乾杯。
芝生の広場では幼児と子犬が走り回り、子供がボールを蹴り、女の子がバトミントンをしている。郊外の花見はサラリーマンの団体がいないので酔っぱらいも見当たらず、のんびりとしたものだ。

安ちゃんと敦子さんは、安ちゃんの妻を見舞ってから「ミラノ」の夜桜会にきた。安ちゃんと敦子さんの亡くなった夫(山ちゃん)は川越の男子高校の友人で、敦子さんと安ちゃんの妻(秀子)は川越の女子高校の友人だった。4人は高校生のころからグループ交際をしていた。

病棟は軽井沢の近くの車でないと行けない山奥だった。
見た目は病院というより保養のための施設のようだった。温泉もある逗留できる小さなホテルのようにも見えた。ただ、地味で活気がなく暗い雰囲気がその建物をつつんでいた。冬になると1メートルも雪がつもり、身動きがとれなくなるらしい。
なので、春から秋の間、できるだけ頻繁に出かけるようにしている。安ちゃんは8月にはいると避暑をかねてそこで何泊もする。
2人で出かけても面会に行くのは、安ちゃんだけだ。敦子さんは軽井沢のホテルで待機している。敦子さんがついて行くと妻の秀子が興奮し精神状態が悪化するのが分かっている。山ちゃんが亡くなってから急に病状が進行し施設に入ることになった。それまでは東京の病院に通院し薬で治まっていたのだが・・・。

ヒロダン夫婦には子供がいない。だから仲がいいのか、それは分からないが、子供に恵まれなかった夫婦はいつまでたっても恋人同士のようなのが、多い。
いつもは自転車で「ミラノ」まで通っているのだが、今日はブラブラと歩いてきた。2人はちょっと離れて歩く。まぁ、たいてい夫婦なんてものはくっついては歩かないものだが・・・歩きながら、たいして会話もしない。アレ、とか指さしたり、寒いなぁ、なんて呟いたりするだけだ。それでも2人には通じるものがあるらしい。

2人は八幡神社を通り抜け、仙波の東照宮のしだれ桜を眺め、喜多院をグルッと巡回してから「ミラノ」にやってきた。

多少のずれはあったが、7時すぎにはみんな集まり、呑み食べている。
「かならず、毎月1日休まなくてもいいけど・・・」プー。
「その代わり、温泉旅行に行ったりしてテキトウに休もうよ」島。
「お盆に連休をとって、年末年始も29日から元旦まで休むし、1月と5月に1泊の温泉旅行にいったら年間12日ぐらいの休みになる・・・」ミヤ。
「5月の連休明けはどこに行くの?」プー。
「箱根の予定だけど火山が噴火したから・・・まだ決めていない・・・それから、急な話なんだけど、娘のメグが結婚することになったの・・・できちゃった婚」ミヤ。


(5)
島、ミヤ、メグの3人でKくんの家に向かった。
はじめ、島が「ミラノ」で食事でもしながら話そう、と提案したが、断られた。外では会いたくない、というのでミヤのところかKくんの家のどちらかになり、3人でKくんの家に行くことになった。そう、遠くではない。ミヤのところから歩いて20分、「ミラノ」からも20分くらいの所にある。
すでに、島とミヤはKくんを呼んで話し合っている。メグも同席して結婚する意志を確認している。Kくんが、自分の両親にメグの妊娠と彼女との結婚を話して同意を得たと言っていたから、揉め事にはならないだろう。
食事どきに訪問すると何かとめんどうなので、3時にした。とりあえず、挨拶をしておこう、ということだった。

川越の旧家ではなく建売住宅らしい似た家が10軒ほど並んでいた。敷地40坪ぐらいだろうか。2階建てで建坪もそれくらいだろう。1階は台所、バス、トイレ、リビングと両親の部屋。2階はKくんと妹の部屋。トイレと物置。
リビングでお茶を飲みながらの雑談になってしまったが、はじめにKくんの父親がミヤとメグに謝った。
「・・・申し訳ない。好きあっているようだし責任をとって結婚するのがいい。ただ、Kはまだ学生だし、生活をどうするか・・・」
「まぁ、それは、これから考えましょう」島。
「とりあえず、娘が勤める保育園には相談してきました。あと釜がきまるまで通うことになりましたが、すぐにきまるそうです」ミヤ。
「結婚式はどうしましょう・・・?」父親。
「・・・しなくていい」Kくん。
メグは何も言わなかった。そういえば、Kくんの母親も意見らしいことはひと言も喋らなかった。
「・・・そうですね、落ち着いてからでいいでしょう。赤ちゃんが産まれてから・・・」島。
それは、ミヤの考えでもあった。

この2人がうまくいくかどうか・・・Kくんに似た島の旧友谷村もできちゃった婚だった。島は大学を出てもアルバイト生活だったが、谷村は就職していたから結婚しても生活の目処はついていた。ほどなく2人目の子もでき、立派に育てあげた。その間、谷村との付き合いは途絶えていたが、還暦をむかえるころから会うようになった。早期退職して暇になったからだろう。
「こんど、いつ来るの?」
谷村からメールの誘いがあり、月に1度ぐらいのペースで彼の家におじゃましている。再会したころは新宿で呑んでいたが、いつの間にか高円寺の彼の家で奥さんと3人で鍋を囲んだりしている。2人の娘は30過ぎているのに2人とも結婚せず同居している。

メグとKくんも生活をどうするか。要するに、生活費をどうするか。
その日は挨拶をかねた顔合わせだったので、それほどつっこんだ話はしなかった。

とりあえず、結婚式は挙げないが、入籍はすることになった。
確か、谷村は小さな神社で挙式、入籍したはずだ。両家の家族だけで披露宴はしなかった。呑むと、その頃の話がよくでた。やはり奥さんはウェディングドレスを着たかったらしい。もう歳だから強調はしないが、ポロッとこぼす。
女心は、そんなことかも知れない。
島には分からないことだ。谷村も気づかなかったらしく、後々事あるごとにウェディングドレスの件をもちだされて閉口した。
だから、メグも出産して落ち着いたら結婚式をあげればいい、と島は思っている。
その後、Kくんの両親がミヤの家に来たとき
「落ち着いたら結婚式は挙げた方がいいよ」
と、島は言った。
そのとき、Kくんは、うなずくだけであえて反対はしなかった。メグと相談したらしく
「学校は休学します」と言った。

その日は2度目の対面で食事をしながらお酒も入ったのでくだけた雰囲気になった。
「私たちはね、入籍していないんです。内縁なんです」島。
余計なことかと思ったが、どうせ分かることだし(すでに知っているだろうから)隠さず明らかにした。それは、メグとKくんの結婚には関係のないことだった。Kくんの両親も島について、あれこれ詮索はしなかったようだし、煙たがっているふうでもなかった。ただ事実としてメグは複雑な家庭にいて、その娘が自分の息子の嫁になる、ということだ。

いつになくおとなしい、ミヤ。バツイチで内縁の夫が同席していることにヒケメを感じているのかもしれない。でもメグの今回のことに関して島の立ち会いを求めたのは、ミヤの方だった。自分ひとりで相手の夫婦に相対するのは負担だった。島の存在感をあてにするところもあった。内縁というマイナスを差し引いても、少しは残るものがあるような気がした。

それよりもなによりも、ミヤには知らずしらずのうちに島を夫あつかいしているふしがある。

「住むところは、どうするのかな?」
島はメグから希望を聞いていたが、誰にともなく問いかけてみた。
「ウチに住めばいい。Kの部屋でいいでしょう」父。
メグは嫌とは言わなかった。もちろん、うなずきもしなかった。Kの家でもなく、自分の家でもなくアパートを借りて2人で住みたかった。
「部屋を借りるとお金もかかるし、所帯道具もそろえなくてはならないし、無駄が多い。Kはお金もないのだから、ウチに住めばいい・・・」
はじめて母親が意見らしい意見をいった。おそらく夫婦で話しあった結果だろう。
「アパートを借りようと思っている・・・」
Kの考えでもあるが、どちらかといえばメグの気持ちの方が強かった。
「お金はあるのかい。夫婦で住むとなると安いアパートでも家賃、敷金、礼金などで5、60万はかかるだろう・・・」
父親は我が子に言う言葉を飲み込んで、ひとりうなずいていた。なんとか無理やり自分を納得させようと、あごを上下に動かしていた。それを見つめる母親の目が不満そうだった。
「この夫婦はどんな夫婦なんだろう?」
ふと、ミヤは思った。Kくんが中学生のころ、イジメにあい不登校になり、高校生になっても閉じこもりがちで中退しているのは、家庭に問題があるのかもしれない。

島の友人の谷村は妻の実家に転がり込んだ。たまたま実家が広く、離れがあった。そこを改装して新婚生活の場とした。妻の母親は喜んだが、父親はいい顔をしなかった。すぐ、2人目ができ、子供の成長とともに建て増ししたりして、そこで30年以上も暮らしている。

このところ、しきりに谷村のことを思い起こしてしまうのは、彼の病気が分かったから。1昨年の秋だった。ふたりで新宿の沖縄料理の店で呑んでいるときだった。
「血液の病気だよ・・・」
と、アルファベットの文字を3つか4つ、谷村が言った。
「難病で、実例が2、3百しかなく、まだ治療法がない・・・」

1年ほど前から体調が悪く、定年を前にして退職した。退職金や年金が減るのは分かっていたが、やむを得なかった。その代わり、少しアルバイトでもして小遣い稼ぎをして、のんびり暮らそうと思っていたが、募集先でことごとく断られた。年齢だけのせいではないようだった。風邪をひいたり、便秘になったりすることが多く、階段の上り下りで息苦しくなった。心臓の検査をし、肺や腸もした。何度も健康診断を受けてもコレといった病気は見つからなかった。
ところが、別の病院の血液検査で血液の病気と分かった。めずらしい難病で、まだ治療法がなく、このまま放置しておくと2年の命と宣告された。その病気に関する資料を手渡され、入院を勧められた。入院すれば、余命がのびるかもしれない。
「簡単に言うと、血液のガンのようなものだって・・・」
それいらい新宿はやめて、高円寺の彼の家で呑むことになったが、ビールをグラス1杯も呑めなかった。

谷村も高校生のときに閉じこもりぎみになり、よく学校を休んだ。べつにイジメにあったわけでもないのに何かのきっかけがないとズルズルと1週間も2週間も休んだ。友達や先生が家に来たりして学校に行き出すと、そのまま通った。が、また休むことのくり返しで、出席日数がたりず留年した。

そんな話を聞いていたので、谷村とKくんが重なって見える。小さくて色白で弱々しい。内向的でシャイ。恥じらいが強すぎて他人に対してクローズスタンスになってしまう。自分を表現することを控えてしまう。たぶん、自意識が過剰なのだろう。でも、谷村は、できちゃった婚で父親になることで、まっとうな社会人になることができた。Kくんも大丈夫だろう。


(6)
けっきょく。Kくんはメグといっしょに「ミラノ」で働くことになった。住むのは寮、ギーさんが居た1階の8畳の間。
Kくんの両親は同居してくれることを望んだが、キッパリと拒否されたので簡単に諦めた。Kくんが中学生になってから両親との折り合いが悪くなり口をきくこともなくなっていた。家庭内暴力こそなかったが、何が不満なの?と問い詰めれば、理由もなく暴れだしたに違いない。もう、体力的にはかなわない。母親は腫れものにさわるようにしている。父親は息子との距離をたもち、家の中でもできるだけ顔を会わさないようにしている。息子とのトラブルはさけたい。
「アパートの引越し代は、出しましょう」
と、父親が言った。
島も、それくらいなら立て替えてもいいと思っていた。
「寮でいいんじゃない・・・」
ミヤが言うと、若いふたりはホッとしたようにうなずいた。

それから、ミヤと若いふたりで寮の8畳の間を掃除した。ギーさんがいなくなって部屋には何もない。よどんだ空気を入れ替え、ほこりを払い、拭き掃除。メグもこの日ばかりは率先して熱心だ。あれこれメグに指示されて、Kくんは言われるままに動いている。自分の親には何を言われてもムカツクのに、メグには素直にしたがっている。

家族がかりで(妹も)Kくんの荷物を乗用車で運んだ。メグのものはほとんど手ではこんだが、衣類ケースだけは島さんが車で。
ヒロダン夫婦が来て「ミラノ」が使っている台所とリビングを整理した。
「新婚さんが住むんだからね、もうちょっとキレイにしないと・・・」
2階からプーも降りてきて手伝う。

台所とリビングは「ミラノ」と新婚夫婦との共同使用。そこでKくんはヒロダンについて見習い。掃除をしたり雑用をしたり、使いっぱしり。ヒロダンが市場から買いだしてくると車から仕入れ物を運び、冷蔵庫や冷凍庫に入れる。先入れ先出し、物の入れる場所を覚える。
まだ何もできない。まず、道具の洗い方。それから、お米の研ぎ方、炊き方を教わる。

9時ごろからヒロダンとランチの仕込みを済ませたら「ミラノ」からモーニングをもらってきて、メグも一緒に3人で朝食。そのとき、運んできたヒロさんやミヤも一緒に食べることもある。出前をとらないで、ヒロダンが残り物で簡単にパッパッと作ってしまうこともある。そのときも、コーヒーだけはKくんが「ミラノ」まで、もらいに行く。

Kくんは他人が苦手だ。人がそばに居ると緊張するというか、気疲れする。なのに、人からは(島さんなど)気配りのできない奴、と思われている。
だから、ひとりで居るのが好きだ(メグは別だけど)。パソコンをやっているのも好きだ。周りに誰もいないし、いても関係ないし。関係ないといえば、街の雑踏や公園なども他人とは関係がありそうで、実はないから居心地は悪くない。

ラッキーだったのは、ヒロダンとの相性が良かったこと。ヒロダンがどう思っているかは分からないが、Kくんはヒロダンに仕事を教えてもらいながら緊張することもない。気疲れすることもない。原因は分からないが、素のままで一緒に居られる。そんな他人にめぐり会えることは、めったにあるものではない。

11時には、メグとヒロダンと店に入る。入れ代わりにヒロさんとミヤ、島が休憩で寮のリビングでランチを食べ、ヒロさんはそのままあがってしまう。
その間にランチタイムの準備。
Kくんは寮の台所から下ごしらえした材料を運び込む。メグはレジのつり銭を確認し(11時でいったん売上を締める)メニューなどランチタイムのテーブルセッティング。慣れているから、ついでにKくんにも教えながら、やる。
お昼前から出前の注文が入りだすと急に忙しくなる。Kくんは出前の配達係。ミニバイクで走り回る。
「事故には気をつけろ」
しょっちゅう島から怒鳴られている。
はじめの頃は、出前先でつり銭を間違えて叱られていたが、だいぶ慣れてきて、そんなこともなくなってきた。相手のお客さんから意外と人気で
「いい子が入ったねぇ・・・」
なんて言われる。あまりものを言わない子だったけど、出前先でひと言ぐらい話すこともあるらしい。
「ありがとうございます」
と、無意識に言えるようになっていた。
お客様が店に入ってきたら
「いらっしゃいませ」
と、反射的に言っている。


(7)
メグが1階に住むようになって、ミヤは毎日のように寮に来ている。買ってきた日用品を新婚の部屋に運んだり、ついでに2階の島の部屋を掃除したりしている。
「ついでに、オイラの部屋も掃除してよ・・・」プー。
「多恵さんにやってもらえばいいじゃない」ミヤ。
そういえば、公園で花見をしていらい、会っていない。
多恵は川越の隣の鶴ヶ島に住んでいる娘家族に会いに来たついでにプーのところに寄ってくれるが、まだ、部屋の掃除はやってくれない。

だいぶ前からだが、ミヤは島が毎月のように高円寺に出かけるのを訝しく感じていた。谷村の家に行くのは知っていたし、谷村との若い頃からの付き合いも聞いていた。ただ、本当に高円寺に行っているのか、どうか。途中の新宿あたりでウロウロしているのではないか、と疑っていた。
「それなら今度、一緒に行ってみよう」島。

今年の2月、島について高円寺まで出かけた。谷村夫婦と鍋を囲んだ。谷村さんは痩せて40キロをきったと言っていた(もともと60キロぐらいだった)。奥さんが用意してくれた寄せ鍋の具を谷村が順番に入れ、3人の取り皿によそってくれる。本人はほとんど食べない。食欲はないようで
「味はどう?」
「おいしい、です」ミヤ。
「病気をしてから、味が分からなくなってね・・・」
谷村は、そう言いながらも島が訪ねたときはいつも彼が料理を作ってくれた。もう少し元気な時は西荻窪や新宿まで出かけて刺身や食材を買ってきてくれた。もともと料理が好きだったから味付けは、いい。

去年までは乾杯して、その1杯のビールをなんとか呑んだが、その量も徐々にへ減り、もう呑めない。ひと口だけ口をつけるだけで、後は奥さんが呑んでいる。奥さんはけっこういける方で、島とミヤと3人でグイグイやっている。谷村は3人が呑んだり食べたりしているのを嬉しそうに見ている。なんだか、3人の呑み喰いが自分の代理に思えているのかもしれない。ミヤは安心したのか、気に入ったのか
「また、来ていいかしら?」
と、帰えりぎわに奥さんに言った。

「この人、死んでも島さんに連絡するな・・・」
と、言うのよ。
「通夜も葬式も家族だけ、だって」
夫婦で谷村の遺言を確認しあっているようだ。
いぜん奥さんと3人で呑んでいるとき
「八王子にある霊園の樹木葬にしようと思っている」
と、谷村は言った。
「ポックリ仲間と群馬との県境にある丘陵の共同墓地に入るつもりだ」
と、島がもらすと
「それも、いいなぁ」
と、何度もうなずいた。

ミヤは、また島と高円寺に来るつもりだったが・・・あれから行っていない。死期を悟った谷村さんの姿を見るのは忍びない。


(8)
例年通りゴールデンウィークの1週間は営業時間を短縮。平常では朝7時から夜は12時までだが、朝のモーニングは中止。11時から5時までバイキングランチ。夕方5時から9時までバイキング居酒屋。「Barミラノ」はお休み。

「ミラノ」の近所のお店は個人商店ばかりで、ゴールデンウィークは暇なので休む店が多かったが、観光客が増えたせいか営業する店もある。「ミラノ」のように営業時間を短縮したり、休みを減らしたりしている。それに、廃業した個人商店のあとにコンビニやチェーンのカフェやラーメン店が開業したりして、いくぶんにぎわいを取りもどしている。

バイキングのときはコストも考えてパスタを多めに出している。スパゲティーなどは簡単に大量に作れて、まず嫌いな人がいないから、都合がいい。ピザも仕込みさえしておけば、あとは焼くだけだ。チャーハンも中華鍋で5人分づつ作る。
今回は焼きそばやうどんも出した。焼きそばは、祭りや正月に作っているのでなれたものだ。うどんは趣向をこらして、讃岐うどんの麺でバジルやペペロンチーノを創作してみた。新メニューのテストも兼ねていたが、評判は上々。

バイキングにはコーヒーなど無料でソフトドリンクが付いているが、アルコールは有料。だから夜は、酒のつまみになるような料理も出す。といってもお刺身は値が張るので焼き魚、煮魚。ビールがすすむ、唐揚げにポテトフライなど。

ゴールデンウィーク恒例のライブを今年は2つ。
石岡さんとマリコさんのクラシックコンサートと増田さんのジャズライブ。今までのオッスが作ったチラシの雛形があったので、Kくんがパソコンでデザイン編集して業社に直接送信した。パソコンでやり取りするだけだから手間賃や人件費がかからない。A4裏表カラー印刷500部で5000円プラス税。
ついでにライブのチラシに「ミラノ」のゴールデンウィークの営業案内も載せておいた。プーもKくんの意外な特技に感心。安くてキレイにできたから、これからはチラシはKくんに任す。

石岡さんのコンサートは前回同様、バイキングランチ付きだと3000円。コンサートだけだと2時半からの入場で1500円。子供は半額。連休の初日だったので、旅行に出た家族も多く、来たくてもこられない人もいた。が、石岡さんの生徒さんが3人演奏したので、その家族が来てくれた。石岡さんやマリコさんの友人知人も来たので、会場の「ミラノ」はほぼ埋まった。

連休の最終日は増田さんのジャズライブ。
今回は都合により、増田さんのレギュラーバンドではなく、平さんのピアノトリオに増田さんがゲスト出演。後半のステージでは増田さんの娘さんのフルートも入り、平さんにレッスンを受けているボーカルのエリちゃんも歌った。最後には増田さんの生徒のギターも飛び入り、セッションになっていた。お客様も馴染みの方が多く、お祭り気分でもりあがっていた。
こんな気楽な、踊りだしたくなる感じもジャズライブの楽しさかな、とプーは思った。


1年ほど前に谷村から病気のことを告げられた時は衝撃だった。
「赤血球が造れなくなる病気だろ?その病気で亡くなった人の話を聞いたことがあるよ。まだ薬が開発されていない難病で、医者にあと2年と宣告されたら、そのとおり2年で逝っちゃったそうだ・・・」プー。
「詳しいことは分からないけど、最後は白血病になる・・・」島。

4月、高円寺に行く予定になっていた前日になって谷村の奥さんからメールがあった。谷村の体調が悪く、起きあがることもできないので中止、と。
そんな状態でもかたくなに入院を断り、お医者さんに来てもらっている。赤血球の輸血をしてもらうと少しは良くなるらしい。
谷村はこの病気が発覚したときから入院はしない、と宣言していた。医者に、あと2年と言われたとき、自分の部屋で自分の布団の上で逝くことに決めたに違いない。
彼の家で奥さんと一緒に呑んでいるとき、自分の母親が病院で死んだときのことを忌々しく語っていた。

谷村のお母さんは80過ぎだった。肺がんで入退院をくり返し、3年後、病院で薬漬けになって死んだ。その延命治療は見るにたえない無残なものだった。兄も姉も谷村も、いまさら途中で延命治療をやめてくれ、とは言い出せなかった。
「もう、いいよ・・・」と思ったが。

病院も医師も、夫婦、親子、兄弟などの親族から中止の申し出がない限り、たとえ患者本人が死にたい、死なせてくれ、と言っても延命治療はやめない。法律的に正当な遺言状や親族の請願がないかぎりオートマチックに治療は続けられる。

谷村のお母さんは、しきりに腕の注射針を抜いたそうだ。そのたびに、看護師さんに叱られていたが止めなかった。しまいには、両手をベッドのパイプにくくりつけられていた。
「だから俺は、入院しないんだ」
と、谷村は言っていた。
その話を島から聞いたとき、くも膜下で倒れた竹本さんのことをプーは思い出した。竹本さんは離婚して身内は娘ひとりで、その娘に憎まれていたから、誰も身のまわりの世話をする人もなくズルズルと薬のモルモットにされ、悲惨だった。

「谷村さんをポックリさんにさそったら・・・」プー。
何気なくこぼしたプーの言葉に返事をしなかった島が
「俺たちのポックリさんは面白半分、冗談半分だからね・・・死期がせまっている人間には言いだしにくいよ」
なにも無理強いするような話ではない。セールスをしているわけでもない。冗談半分でもないが、プーはそれ以上なにもつけたさなかった。

確か、谷村は自分の墓を個人や家のものではなく共同の樹木(桜など)の下にする、と言っていた。


(9)
「あいつは学生時代、俺とおなじでろくに勉強なんかしなかったのに、人並みに遊ぶわけでもなく、要するにブラブラしていたんだ。たいしてモテもしないくせに、バイト先で彼女ができたんだ。人生で2番目の恋人だよ。1番目の恋人は大学に入ってすぐにできた。俺も知っているポチャポチャというよりデブにちかい女の子だった。谷村はそのおデブちゃんに夢中でいつも、ボーッとしていた。半年ぐらいで、そのおデブちゃんにふられて、またボーッとしていた。その話をすると長くなるからやめよう」
2階のリビングで呑みながら、島がむかし話をしていた。

「2番目の恋人が妊娠して、慌てて結婚したんだよ。その相手が高円寺の奥さん」島。
「何でも知っているんだ」プー。
「あの頃は、あいつのアパートでよく寝泊りしたからね。何でも話あったもんだよ、お互い。おデブちゃんの身体のことも知っているよ」
「おデブちゃんの身体がどうしたの?」
いつの間にか、ミヤが2階にあがってきていた。
1階にメグたち新婚が住むようになってからひんぱんに顔をだすようになり、そのときは当然2階にもあがってくる。

「谷村は50キロぐらいなのに、その彼女はゆうに70キロは超えていたね・・・」
島は、ミヤに気付かれないように、おデブちゃんの身体の話を体重の話にすりかえた。
「・・・できちゃった婚だったけど、あいつは、うまくやったよ。そのまま奥さんの実家の離れで暮らして、もちろん養子ではないけど、奥さんに大学生の弟がいたからね。あいつ、奥さんのお母さんには何故か気に入られたけど、父親には嫌われてね、4、5年口もきいてもらえなかった」島。

「Kくんがうちに転がり込んでいたら、似た話よね」ミヤ。
「まぁね、でも、1つだけ違うところがあるんだよ。奥さんのお家。高円寺と新高円寺の間にあってデカいんだ。奴らは離れに住んでいたけど、母屋の裏には広い庭があったから・・・要するにお屋敷だね」
「知っているわよ、そんなの。この前、行ったから。でも、夜だったから広い庭には気づかなかった・・・」ミヤ。
「おなじできちゃった婚でも、いろいろあるんだ」プー。
「でね、その後すぐに2人目ができちゃってさ、2人とも女の子だけど・・・そうすると奥さんのオッカナイ親父もニコニコしだしてね(谷村のまえではムッツリしている)、目に入れても痛くないって感じになってきたわけ」
「なんとなく、分かるわ」ミヤ。
「それでね、親父は娘夫婦のために離れを増築(ほとんど建て替え)して、谷村が会社にいるあいだは離れで孫たちを眺め目尻を下げていた」
「あいつはね、俺とちがって転職もせず、ひとつの会社に定年間際までいたから、中小企業だったが年功序列でそれなりに部長まで出世したからね、よくやったし、うまくいっていたんだけどね・・・」
「いいことばかりじゃないよ、ね。オレもバブルの頃まではよかったんだけどね。その後、ガタガタきちゃってね」プー。
「この歳になって振り返ると、人生、山あり谷ありって分かるけど・・・」島。
「私なんか、山がなくて、ずーっと谷だけど・・・」ミヤ。
「そんなことはないだろう。若い頃は日本アルプスのような連山がそびえていたんじゃないの・・・」島。
「うふふっ・・・」
ミヤは何も言わない。
「メグが結婚して、赤ちゃんが産まれて、これからいいことがあるよ」プー。
「そうかしら?」
ミヤちゃんは、はかるように島を見つめた。

「俺もそろそろ、いいことあると思うんだ。いろいろあったけどね・・・」
ミヤちゃんが帰ってから島がつぶやいた。
プーはミヤちゃんが出してくれた冷奴に黄色い洋辛子を醤油で溶かしてチョコッとつけて口の中に入れた。鼻の奥にツンとくる辛さがあり、何度も鼻息を吐いてビールを流し込んだ。それから、Kくんの話題に振った。
「Kくん、案外やっているね・・・」
「そうだね、案外使える・・・。あいつが来てから出前が増えたしね(それまでは、ミヤと島が歩いて運べる範囲だったが、Kくんはミニバイクだから遠くまで行ける)。従業員の平均年齢もグンと若返ったし、なんとなく店の雰囲気が明るくなった。活気が出てきた。いままで、メグ以外みんな60代だからね(ミヤは40代)」島。
「Kくん、メグと結婚したので責任感が出てきたのかな」プー。
「男はみんな、そうじゃない。子供ができると、よけいね。俺は、そうでもなかったけど・・・」島。

プーも自分の子供が産まれた頃のことをチラッと思い浮かべた。30前に上の男の子、30過ぎに下の女の子。とにかく、家族を養うことで精一杯だった。給料だけでは足りなくて残業を回してもらったり、休日出勤したりして生活費を稼いでいた。当時、過労死やブラック企業という言葉もなかった。

ローンで家を買ったのが負担だった。

朝、会社に出かけると寝に帰るような日々で、家族に何もしてやれなかった。たまの休日は家でゴロゴロしているばかりで何もする元気がなかった。そのせいか、家族で出かけたこともあったはずなのに、どこへ行ったのか思い出せない。言えるのは、家庭的な父親でなかったことは確かだ。

谷村の奴、養子みたいに奥さんの家に入りこんで尻に敷かれていたけれど、さして不満ではなかったようだ。奥さんの意見に異をとなえないかぎり夫婦喧嘩もなく、円満な家庭。何もかも奥さんと奥さんのお母さんが世話をやいてくれる。谷村がささいなことにこだわって自説を持ち出さなかったので万事うまくいっていた。ただ、血液の難病になることは想像外のことだった。


(10)
Kくんが、すでにメグの尻にしかれているのはやむを得ない、かもしれない。職場の「ミラノ」には義理の母のミヤと島さんがいるし、メグから仕事を教えてもらっている。ウンウン、とメグに向かってうなずいている姿は、若い夫婦というよりも姉と弟。もしかしたら、中学のクラスメートのときから頭があがらない力関係だったのかもしれない。Kくんは島のように自分でもよく分からない自尊心はなく、どちらかといえば谷村タイプだ。

中学2年生のとき、Kくんはイジメにあって不登校になったことがあった。そんなおり、先生にたのまれてKくんのところに書類を持っていったことがあった。学校の書類を渡してから玄関で立ち話をした。といってもKくんは何もしゃべらないので、メグがひとりでクラスの様子を話し行事予定などを伝えた。メグが行った後、Kくんは2、3日、学校に来るが、また休んでしまう。そんなことが何度も繰り返された。Kくんが何日も来なくなると気になって先生に頼まれなくても訪問するようになっていた。

顔なじみになったので、Kくんのお母さんはメグをリビングにあげてジュースを出してくれるようになった。寝すぎなのか寝不足なのか、むくんだ顔のKくんが2階から降りてきて、むっつりした表情でお母さんに
「あっちの部屋に行け・・・」
と、あごをしゃくった。
Kくんはパソコンのやりすぎらしく、ボンヤリしていて脳みその中の世界にとどまっているようで、目の前にいながらセミの脱け殻のように存在感がなかった。メグは一方的に話しながらも自分のしゃべっていることがKくんには正しく伝わっていない気がした。というより、Kくんの身体はスカスカのすき間だらけで、メグの話しはそのすき間を通り抜けてあちら側に消えているような・・・。

とにかく反応がないので・・・こいつ、いったい何を考えているのだろう?私の話を理解しているのか?
そんな手応えのない感触ではあったが、翌日Kくんは登校してくるのだった。教室では話さない。Kくんも話しかけてこない。だから、メグがKくんのところへ行っているのは先生しか知らない。

ふたりは別々の高校に進学したので、それからは会わなくなっていたが、たまにメールの交換はしていた。だからKくんが高校を中退したのは知っていた。メグも中学生のときのように彼の家に行って話したり、学校に行くようにすすめたりはできなかった。
彼は大人になりかけていて、いぜんより頑固になっていたから、メグは学校に行くように説得する自信はなかった。Kくんはメグより頭はいいし、男の子だから女のメグには分からないことが多かった。ただ、根っこのところが人一倍シャイなんだと思う。それだけではないだろうけど、強い恥じらいが人間関係を難しくしているように思える。

何年かして、町で偶然出あったとき、島さんの引越しの手伝いを頼んだら、すんなりOKの返事。島さんのアパートから「ミラノ」の寮まで家具を運ぶだけだから、メグの家族(ミヤ、和)と島さんでできないことはないが・・・とっさにKくんに頼んでしまった。彼に会うまではそんなことは考えてもいなかったのに、物のはずみのように言葉がかってに弾んだ。

島は知らないが、この島の引越しがメグとKくんがつきあうきっかけになっていた。引越しを手伝ってもらったときの印象は弱々しく、島はKくんのことをすぐに忘れていた。
「メグの彼氏かい?」
と、ミヤにたずねたとき
「いや、違う」
と、キッパリ答えていた。

言葉数も少なく、積極的に荷物を運ぶわけでもない。ミヤやメグに頼まれたことだけを黙々とこなしている姿は、嫌々手伝っている訳ではないにしても若者特有のあふれだすエネルギーがない。島が話しかけても最小限の言葉でしか返事をしない。話すのがもったいないのかケチなのか、愛嬌のない陰気臭い奴だな、別に悪い奴ではないだろうけど・・・というのがKくんの印象だった。

当然、ミヤは島よりは詳しくKくんのことを知っていた。中学生のときイジメにあい、不登校になったこと。閉じこもって高校を中退したこと。大検を受けて、大学に入ったこと。メグからKくんのことは聞かされていたが、彼はメグの男友達のひとりでしかなく、メグには恋人がいた。
いつ、その恋人とKくんが入れかわったのか、ミヤも知らない。


(11)
佳さんといっしょに「Barミラノ」を始めた荒川さんが店にきて昔ばなしをしていた。暇な夜だった。バイトの女子大生が3人もいるのに誰も出られないので、佳さんをひとりにしておけず、プーが居残っていた。
荒川さんは敦子さんと女子高の同窓生で、その縁で「ミラノ」で水彩画の展覧会をした。カルチャーセンターで習っていた仲間が集まったグループ。年寄りばかり、10人ぐらい。荒川さんがリーダー格で、その中では佳さんがいちばん若い。週に1日、教室で先生に見てもらいながら描く。その帰りに何人かで「ミラノ」に寄ってお茶を飲んでだべっていく。

荒川さんが言い出して、敦子さんに頼んで半年ぐらい「Barミラノ」をやったが、体調や家庭のことがあり、水があわなかったのか、佳さんに任せて身を引いた。今は、たまに客で呑みにくるだけ。
「女子高生の頃はね、敦子や安ちゃんの奥さんになっている秀子なんかと遊んでいたのよ。遊ぶったって、たいしたことはないけどね。私たち女子高生5人と男子校生5人でグループ交際していたのよ。みんなでハイキングに行ったり、映画を観たり、アイススケートをしたり。いろんなところへ行ったよ。まだウブだったから手をつなぐこともできなかった。だから、文化祭のとき、フォークダンスで手を握って踊れたときは嬉しかったわ」

「そのうちグループで3つ4つカップルができてね、ダブルデートしたり、こっそり2人で池袋や新宿まで足をのばしたり。その頃はね、敦子と安ちゃんがカップルだったの。山ちゃんは秀子。大学生まではその組み合わせだったのに社会人になってから、入れかわったのよ。で、敦子と山ちゃんが結婚して、すぐ追いかけるように安ちゃんと秀子も結婚したのよ」

荒川さん以外の客は中年のカップルが1組だけで、離れたテーブルでワインを1本あけて、男はスコッチのロックを追加したが、女性の方がコーヒーを飲みたいと言い出したのでプーが淹れようとしたところ、荒川さんも呑むというので、佳さんと自分の分もまとめて落とした。
「いい香り・・・」
昨日、焙煎してもらったばかりのやや深煎りのブレンドの豆を挽いてネルドリップで落とした。せめて4、5杯はまとめていれないと美味しい味は出ない。プーは三脚にセットしたネルドリップのお尻を指先で持ち上げては何度も下に落とした。ネルドリップの中の豆の粉と粉のすき間を詰める。すると、最初に入れたお湯がストンと落下しないで、豆に吸収されて焼き餅のようにふくらむ(豆が新鮮でないとふくらまない)。この蒸らすタイミングが微妙で難しい。ネルドリップからあふれるぐらい膨張してからコーヒーの雫が落ちだすとゆっくり静かに細いお湯をつぎ足す。

「プーさん、美味しいわ・・・」
荒川さんが柄になく、ちょっと色っぽくほめた。
「プーさん、美味しいわ・・・」
おなじように、からかうように佳さんがまねた。

カウンターのはしに座る荒川さんをはさむようにして、彼女のむかし話を聞いていた。
「敦子と秀子は入れかわったのよ・・・そのことを知っているのは、私だけ」
「その頃、荒川さんは・・・?」プー。
「私は、入れかわってないの。ずぅっとおなじ人と。でも、大学生になって別れたけど・・・」
「その別れた彼氏は地元の人?」佳。
「川越だけど、霞ヶ関なの・・・たまに会うわよ。当時、高校生で付き合っていたといっても手も握ってないの。だから何のこだわりもなく会えるの。友達ね、そう友達」
「いい友達ね・・・」佳。

誰と呑んできたのか、荒川さんはいつになくよく喋った。同窓会でもあったのか。敦子さんのことやグループ交際をしていた頃の話しがつづいた。
「いい友達といえばね、この歳になっても友達のような夫婦がいるのよ。グループ交際をしていたカップルの1組なんだけどね。彼女たちは高校生でつきあいはじめて大学を卒業すると間もなく結婚したの。グループ交際でできたカップルでそのまま結婚までいったのは、彼女たちだけね。敦子と秀子は途中で入れかわったし、私は大学生になってから別れちゃったし。もう1組、結婚したカップルがあるんだけど、彼女たちは1度別れて、寄りが戻って一緒になったけど、けっきょく離婚しちゃった。いろいろあんのよね、色々・・・」

「人生、いろいろ」佳。
「その仲のいい友達のような夫婦ね、お互いに相手以外の男女を知らないらしい・・・」
「・・・ふぅーん」プー。
「処女と童貞で結婚したんだって。聞いた話よ、これ。聞いた話。新婚旅行で悪戦苦闘したらしい。でも、うまくできなかったんだって」
「・・・いい話じゃない」プー。
「そーお?」佳。
「それでもとにかく、私たちの仲間で一番仲のいい夫婦は彼女たちだわ・・・ただ、子供ができなかったの、残念なことに」
「残念かどうか、分からないよ」プー。
「あら、そう?」荒川。
「やっぱり、産んで育てるのは女の幸せだと思うけど・・・大変だけど」佳。
「そうよね・・・プーさんには分からない幸せ」荒川。

客は誰もこなかった。不倫らしい中年の男と一回りぐらい若い女が帰ると荒川さんも立ちあがった。そのとき、上体がグラッと傾いたのでとっさにプーが手をだすと、思いのほか強く腕を掴んだ。荒川さんが会計をして、お手洗いにいっている間
「送っていった方がいいんじゃないかしら?」佳。
「荒川さんの家、どこだっけ?」
「裏の七曲を抜けて、日高県道を渡ったところ。5分もかからないわ」
佳さんはクローズの看板を出して片付けはじめた。
「じゃ、お先に・・・」
と、プーが言い
「おやすみなさい」
と、荒川さんが言って、ふたりで店を出ると背後の客席が暗くなり、厨房だけがぼんやり明るかった。

店を出て、裏道に入るとフラフラとした荒川さんが身体を寄せてきて何度もぶつかった。
「大丈夫ですか?」
プーは荒川さんの腕をとって支えた。
日ごろ気の強い言動で姐御肌の荒川さんにしては、めずらしい酔い方だった。
「ごめんなさいね・・・」
彼女が大きな身体をあずけてきたので、肩を抱いてやった。
歩きながら、彼女はプーの腰に回した手のひらでプーの背中やお尻をパンパンと威勢よく叩いた。

「バナナの叩き売りだね・・・」プー。
「うふふ・・・」
叩いていた手のひらで背中から脇腹、お尻の肉を確かめるように撫ぜた。荒川さんの手のひらが熱い。プーは抱いた荒川さんの肩を引き寄せた。プーが覗きこむと大きな身体を小さくして恥ずかしそうにうつむいた。それでいながら、お相撲さんが双差しで寄り切るようにプーの身体をはこんだ。そこは、路地奥の行き止まりだった。荒川さんは頬をプーの頬にくっつけて
「ゴメンネ」
と、言って目を閉じた。


(12)
4月の花見のあと、ゴールデンウィークに来て、6、7月と月1回のペースで多恵が来ている。もともと、そのぐらいの割合で娘のところに遊びに来ていた。孫の寛(カン)の顔を見たいし、母の世話からも開放だれたい。そんな思いの月いちの1泊2日の旅だったが、プーに再会してから東京へ帰る途中で川越に寄るようになった。鶴ヶ島の娘のところに泊まった翌日の昼食は「ミラノ」でプーと食べる。それまでは、いそいで帰宅して母と昼食をとっていたが、プーと会うようになって夕食になってしまう。新宿のデパート地下で母の好物のお惣菜を買って帰る。

お盆の時期「ミラノ」は暇なのでゴールデンウィーク同様、1週間バイキングだけにした。早朝からのモーニングと夜のBarはお休み(佳さんは娘と一緒に亭主のいる八ヶ岳のふもとへでかけた)。11時から5時までの営業を交代でこなしたので、みんな3日間の盆休みをとれた。ミヤと島、ヒロダン夫婦、プーとジュン、グレは帰省している。間に平さんのライブを入れたので、その日だけは全員で働いた。

プーが誘ったら、平さんのライブに多恵が来ることになった。5時までのバイキングをそのまま延長して6時からバイキング付きのライブ。
「・・・その夜、泊めていただけないでしょうか?」
多恵からのメールだった。
それからというもの、プーはうきうき、そわそわ。地球から10センチ上のあたりを浮遊している感じ。ちょっとした風にも身体が流されるよう。
「どうしちゃったのよ、プーさん。フラフラしちゃって」ミヤ。
「夏バテかな?」
プーはとぼけながら
「・・・どうしたもんだろう?」
と、思案していた。
要するに、多恵が想い浮かんだだけで頭がボーっとしてしまう。脳みそが活動を止めてしまう。
「プーさん、何かいいことでもあったの?ニヤニヤして・・・」ミヤ。
「いや、暑くて寝不足・・・」
「昨日の夜、女の人と腕組んで歩いていたでしょ、この裏で」ミヤ。
どこで、誰が見ているか分かったもんじゃない。
「酔っぱらった荒川さんを送っていった・・・」
と、説明しようとして、めんどうになってやめた。
そんなことは、どうでもいい。プーの脳みそは多恵のことで認知症になっている。

聞き捨てならないことだった。
荒川さんが言っていた
「敦子と秀子は入れかわったのよ・・・」
その文句だけが、くり返し思い浮かんだ。
知っているのは荒川さんだけで、聞かされたのはプーと佳さん。とにかく、他言は不要だ。プーはその「入れかわり」を想像しようとするのだが、どうもうまくゆかない。

高校時代の敦子さんと安ちゃんは、付き合っていたといっても、荒川さんが話したように手も握らばいお友達だろう。でも、ふたりが大学生ともなれば、恋人になるのが自然。プーは敦子さんと同じ歳だから、その当時の空気がわかる。東京の大学には地方からの上京者が多く、恋人のアパートに泊まり、そのまま同棲してしまう者も少なくなかった。そのなかには結婚にいたるカップルもあった。

敦子さんと安ちゃん、山ちゃんと秀子さん、ふた組の恋人たちも若さと時代の波にのって青春を謳歌したにちがいない。たぶん、4人で飲みにいったりディスコで踊ったことだろう。それがなぜ、社会人になってから「入れかわった」のだろう。

ただ、なんとなく感じているのは、秀子さんが神経を衰弱させていたことと「入れかわり」が関係しているような気がしていた。と言うのも、山ちゃんが亡くなって時を同じくして秀子さんの病状が急に悪化したから。それまでは、通院して薬を飲んでいれば小康状態を保てたのに、山ちゃんの葬儀が終わってからおかしくなって入院してしまった。1年もしないうちに軽井沢の北の山奥の療養施設に入った。そこは一般社会から隔離されていて家族以外は面会できない。

前々から、秀子さんはウツぎみで、あまり人前にはでないのだ、と聞かされていたが、神経を病んでいたのだ。その原因を2組のカップルの「入れかわり」にあるとするのは、プーの興味本位の考えすぎかもしれない。酔っていたにもかかわらず荒川さんも「入れかわった」ことの経緯については語らなかった。何か深い理由があるのかもしれないし、何もないのかもしれない。プーはそれ以上の詮索はしないことにした。

敦子さんと安ちゃんは平さんのライブにきてくれた(いつものことだが)。安ちゃんは敦子さんの亡くなった夫(山ちゃん)親友、という関係でしか2人をとらえていなかった、プー。それだけにしては、2人はいつもいっしょだな、とは感じていた。仲がいいのはいいが、よすぎるのも、どうかな?と思っていた。

たまにミヤちゃんが仲のいい2人をからかっていたが、ミヤちゃんは何かを察してしたのかもしれない。荒川さんから「入れかわり」を聞かされてから、プーの2人を見る目がちがってきた。プーにとっては2人は「いい人」の典型だった。敦子さんのおかげでプーは失業者から「ミラノ」の共同経営者になれたし、安ちゃんのおかげでつぶれかけた「ミラノ」が立ち直った。でも、2人は単に「いい人」だけではなさそうだ。


平さんのライブでは多恵の席を敦子さんの横にした。2人は「ミラノ」で何度も顔をあわせているし、挨拶はすんでいる。プーは失業中に「ミラノ」に出入りするようになり、竹本さんの部屋を斡旋してもらい「ミラノ」で働くようになった経緯は多恵に話してあった。だから、多恵はおおよそ敦子さんのことを知っている。多恵も知り合いが誰もいないより彼女がそばにいるほうがライブを楽しめるだろう、というプーの配慮。そのてん、敦子さんはうってつけだ。気さくで顔も広いから横にいるだけで知人に多恵を紹介してくれる。笑いながら冗談っぽく。

「この人、プーさんのいい人。多恵さん」
「あらぁ、まぁ・・・」
たいていの人が笑いながら好意的に挨拶をしてくれるが、誰も本気にしていない。

ライブが始まるまえの小1時間は社交場のような雰囲気。あちこちで人の輪ができ話に花が咲いている。多恵がポツンと1人とり残されることなく誰かれとなく言葉を交わせるのは敦子さんのおかげだ。

プーと多恵は月に1度「ミラノ」で食事をしているので「ミラノ」で働いているひとは多恵のことは知っている。寮で島さんやミヤちゃんと4人で呑んだこともあるので、ミヤちゃんと多恵はすでに友達だ。
ミヤちゃんは気をつかってときどき多恵のそばにきて話かける。ついでに、敦子さんと安ちゃんを冷やかしている。なぜか、ミヤちゃんの突っ込みには毒がなく、からかわれている2人も嬉しそうに笑っている。

バイキングは通常営業にくらべてやりやすい。いつもだと、お客さんが来てから注文をとり、料理を作り、運び、様子を見ながらさげる。その間、お客さんの要望に応えてサービスをする。すべてお客さん本位の受身の仕事で気配りと手間がかかる。いいサービスをするには熟練の人手が要る。
通常だと3人は必要なホールの仕事がバイキングだとミヤちゃんだと1人でできる。

厨房の仕事もお客さんの注文を受けてからひとつひとつバラバラに作るのは手間と時間がかかる。そのてんバイキングだと前日から仕込みをしておき、準備さえしておけば料理を順番に出すだけでいい。それもまとめて5人分、10人分と作るから効率がいい。


寮の1階の台所でヒロダンがKくんに教えながら下準備をしている。メグも手伝っている。新婚夫婦の部屋の引き戸をあけると目の前がリビングと台所だから、物音もするし話し声も聞こえる。メグも知らん顔はできない。そのうち、ヒロさんがやってきて、メグのお腹に手を当てて(ヒロさんには子供がいない)
「いいよ、そこに座っていていいから・・・」
ヒロさんはリビングの椅子に向けてあごをしゃくった。

メグのお腹に触ったヒロさんに
「お前のと、どっちが大きい?」
めずらしくヒロダンが軽口をたたいた。
「えっ・・・?」
意味が分からず豆鉄砲をくらった鳩のようにしていたヒロさんが
「やだ・・・なによ」
と言って、ヒロダンの背を叩いた。ついでに、自分のお腹に当てていた手でヒロダンのお腹をポンポンと叩いて言った。
「・・・なによ、これ」
Kくんとメグがいっしょになって笑っている。


(13)
お盆で熱いから、いつもよりスパゲティーの量を減らして、そば、そうめんを出した。簡単。流しそうめんは無理なので、大きな器の氷水に入れて出した。そばはザルを並べて富士山のように盛った。乾かないように頂上に雪をかぶったように氷をのせた。そばとそうめんのつゆを間違えないように離し、名札をつけた。これら、麺類とピザは島の仕事。

ヒロダンの仕事は定番の鳥のから揚げ。これは誰にも好かれてビールとの相性が抜群、いっしょにポテトフライ。それから豚肉とキャベツのホイコーロー。昨夜仕込んでおいた煮魚。お腹のすいている人にはチャーハン。刺身などの生ものは出さない。仕入れ値が張るし、バイキングでは鮮度が落ちて美味しくいただけない。衛生上の問題もあるし・・・。

女性陣はホールの仕事をしながらサラダ作り。
レタス6個、芯の硬いところところを取って手でちぎって氷水で冷やす。ヒロダンにスライスしてもらった玉ねぎ、トマトとキュウリはまるごと氷水に入れる。今日はアボガドとマグロのぶつ切りを混ぜてサラダに散らす。ドレッシングはさっぱりと酢、オリーブオイル、塩、コショウ、レモン汁。マヨネーズは別にして、お好みで。
ミヤはホールを見渡し、料理の減り具合をヒロダンや島に告げている。

今日のプーはビヤガーデンのビール係のようだ。プーの前で生ビールの客が並んでいる。見かねた多恵が手伝ってくれる。プーが注いだ生ビールを渡し代金をいただく。多恵は地元のスーパーでパートをしているので接客はできる。愛想もいい。
コーヒーやジュースなどのソフトドリンクはポットに入れて料理といっしょに並べてあるが、アルコールは有料でプーが作っている。といっても、ほとんど生ビール。それから、ウィスキーとワイン。夏場は日本酒や焼酎はあまり出ない。多恵が代金のやり取りをしてくれるだけで、プーの仕事がずいぶんはかどる。

今日のためにチーズケーキを2枚も作ってきた敦子さん。自分の赤ワインと安ちゃんの生ビールを頼んで多恵に言った
「ここで、働けば・・・」
そういえば、ここで働いている島とミヤちゃん、ヒロダン夫婦、新婚のメグとKくん、みんなカップル。

プーが演奏の始まりを告げると談笑を打ちきって、各自席につく。平さんのピアノが鳴りだすと静まり、音楽が場を占領する。音に身を預ける喜びで身体がゆれだす。ベースがリズムを刻みドラムが静かにバラードを仕切っている。2曲目からマキさんの歌も入り華やいだ雰囲気となった。
平さんのライブは8割がた常連さんだ。平さんの店「月」と「ミラノ」のお客さん。マキさんのファン。安ちゃんの会社の人たち。荒川さんなど敦子さんの友達。「Barミラノ」の佳さんの客。地元の音楽好きが集まってくる。
プーは人並み以上に音楽好きではない。楽器はできないし、歌も歌えない。でも、大勢の人たちがライブを楽しんでいるのを見るのは好きだ。だから、自分が企画した出し物で盛り上がっていると嬉しい。

間合いの休憩時間になると、また多恵が手伝ってくれる。プーの生ビールだけではなく、ミヤちゃんのホールの仕事、空いたグラスや皿の下げもの。もう、この時間になると新に料理を作ることもないので、厨房は片付けにかかる。ミヤちゃんと多恵がどんどん下げものをして、メグとKくんが洗い収納していく。遅くなるのでヒロダン夫婦にはお役目御免で、あがってもらう。

ライブが終わり、片付けが済むと平さん達ミュージシャンと店の人で打ち上げをするのが恒例だ。舞台に立つ人と裏方が、お酒を呑みながら交流するのは、楽しい。ついつい時間が経ってしまう。
が、はやばやと身重のメグが立ちあがったのを機にプーも引きあげることにした。いつもとちがって横に多恵がいたので誰も非難がましいことは言わなかった。
「新婚さんと・・・新婚さんみたいな・・・」
ミヤは、からかうのを途中でやめて残った料理を包んでプーとメグに渡した。いっしょに帰り、新婚は寮の1階に、プーたちは2階に。その夜、島は気をきかせたのか、寮に帰ってこなかった。

多恵が湯を使ったあと、プーも浸かりシャワーを浴びた。はじめはお湯で、仕上げは水で。すると、身が引きしまり、酔いが覚めたような気がした。プーが部屋にもどると多恵は温泉宿にあるような浴衣に着替えてサイモンとガーファンクルのCDを流していた。
「何か飲む?」
とた尋ねると、首をふって
「いらない」
と言ってから
「水が欲しい」
といった。

プーは多恵のために大きなグラスに氷と水をいれた。もう、ビールな呑みたくなかったので自分にはスコッチソーダにした。その2つをサイドテーブルに置いて並んで座って、音量をさげ照明も暗くした。電気ストーブの明かりとオーディオの点滅する光だけ。多恵は氷がぶつかる音をさせて水を飲んだ。
唇のはしからしずくがたれ、多恵は人差し指の背でぬぐった。プーはその手首を取り、濡れた指をくわえた。
「あら・・・」
指を引き抜こうとしたので、軽く噛んだ。

もたれてきたので肩をだいた。耳元で
「好き」
と、ささやいたら、よりいっそう身体をあずけてきた。
プーは大げさに倒れてみせ
「ただいまの決まり手は、浴びせ倒し〜」
と、言おうとして、止めた。
下手な冗談で雰囲気をこわしてはいけない。プーはスコッチソーダの氷をクルッと回した人差し指を多恵の口に差し入れた。はじめ、とまどっていたが、多恵は指を吸った。口の中で指を動かすと、お返しとばかり噛んだ。

痛さのあまり、多恵を抱き寄せていた。
「好き」
もういちど言うと
「私も好きです」
と、真面目に裁判官に誓うように宣言した。
もし、そばに聖書があれば差し出すところだった。


(14)
メグのお腹が目立ってきたし、立ち仕事はよろしくない、という意見がでて、代わりのパートさん探しがはじまった。メグ自身はまだ働けると感じていたが、まわりが大事をとって休ませることにした。前もって春からパート募集のポスターを店の内外にピンナップしてあったが、かんばしい反応はなかった。
2人の応募者がいたが、ひとりは明らかに接客向きではなく陰気臭い感じがしたので不採用にした。もうひとりは明るくハキハキしていて接客向きだったので採用したかったのだが、勤務時間の長さが合わなかった。店としては、お昼をはさんで4、5時間の勤務を望んでいたが、本人は9時間のフルタイム希望だった。おそらく、小遣い稼ぎのパートではなく生活がかかっているのだろう。それだけに、やる気があっていい感じだったのに・・・。

面接はプーとミヤの2人でやっている。2人がOKしないと採用はしない。ミヤがOKした場合はたいていプーもOKしているが、プーがOKした場合でもしばしばミヤはダメだしをする。ミヤは人を見る目がきびしい。プーが甘いのかもしれないが。
「変な人を採って苦労するぐらいなら、自分が働いた方がまし」
そんなふうに主張するミヤは若い。若いとは身体が動くということだ。いざとなれば、自分が人一倍働く覚悟だろう。プーの身体は、もう人並みには動かないから皆にたよらざるをえない。そのせいで、パート採用にしても判断が甘くなってしまうのかもしれない。

「プーさん、多恵さんに働いてもらったら・・・?」
ミヤはどこまで本気なのか、からかうように言う。
多恵は年老いた母親を抱え、昼間は近所のスーパーでパートをしている。それに、世田谷の千歳船橋から川越まで通うのは遠すぎる。
「じゃあ、多恵さんの娘さんは?働いているの?」
「いや、働いていないはずだけど・・・」プー。
「じゃあ、連絡してみてよ、多恵さんに」ミヤ。

多恵から娘(恵)さんに打診してもらうと、ちょうど仕事をさがしていたので働きたいが条件がある、と言う。
電話ではお互いの考えを説明しきれないので、会って話すことになった。ミヤとプーの3人で相談した。子供がまだ小学5年生なので、学校が終わる頃には家にもどっていたい。土日祭日は亭主が休みで娘のサッカーの試合もあるので休みたい、その2点が条件だった。
恵さんは多恵といっしょに何度か「ミラノ」で食事をしているのでミヤも見知っていた。話してみて好感をもったのか、もともとそのつもりだったのか、恵の微妙な条件に異をとなえず
「それで・・・いつから来られる?」ミヤ。
「一応、主人に話してから・・・たぶん来週からになると・・・」
「じゃあね、決まり次第、メールでも電話でもください」
ミヤは恵とアドレスの交換をしている。

考えてみれば、募集に応じて面接を受けてから採用したのはヒロさんだけだ。ミヤの採用条件がきびしいこともあるが、応募者とのお見合いはなかなか成立しない。で、縁故採用になってしまう、ヒロダンもメグも島もグレもKくんも、みんなそう。知人の紹介だけに信用できるのがいい。互いに紹介者を裏切れないので雇用契約より価値があるかもしれない。

ミヤが採用をいそいだのはメグの母体のためだが、10月の川越まつりの人手確保もあった。ジュンやグレの学生友達が祭りも2日間だけ手伝ってくれることになってはいるが、日頃から慣れている従業員がいないと仕事がはかどらない。

来週の月曜日から、とりあえず11時〜2時で働くことになった。亭主も子供(寛)も休日なので土日祭日は休み(ただし川越祭りの土日だけは働く)。多恵の娘、恵は若いころファミレスでバイトをしていたのでメグと1週間いっしょに働いただけで仕事の要領を覚えた。あとの細かいところはそのつどミヤとヒロさんが教えてくれる。ランチタイムの仕事の流れが掴めたので、メニューと値段さえ覚えれば大丈夫。そのうち常連さんの好みも分かるだろう。
「でも、最近もの覚えが悪くて・・・すぐ忘れちゃうの」恵。
11時から12時の間は、ミヤたち早番の人が交代で休憩しながらランチの準備。12時から1時過ぎまでは戦争状態。あとは2時まで片付け。

気になったらしく多恵が様子を見にやってきた。お昼の忙しい時間帯はさけて、プーと「ミラノ」に出かけた。すでに多恵からお泊りメールが入っていたのでプーは休みをとっていた。2人で入っていくと知らされていなかったのか、恵はびっくりしてトレンチを落としそうになった。
ミヤがレジをしながら恵に指示して2人でホールの仕事をこなしていた。お昼のラッシュも一段落したせいか滞りなく運んでいるようだ。厨房ではヒロダンが和食、島が洋食(それほど厳密に役割分担をしているわけではないが)、若いKくんは洗い物と出前。

ここへきてプーと多恵も「ミラノ」の皆に認知されたらしく、さほど奇異な目では見られなくなった。プーの知り合いのお客さんも多恵のことは知っていて、うなずく程度の挨拶で冷やかすこともない。
多恵が娘の恵にどれほど詳しくプーのことを話してあるのかは分からない。が、彼女が「ミラノ」で働いているからには、プーのことを悪く思っていないに違いない。嫌っていれば「ミラノ」で働く気にはなれないだろう。
多恵が離婚(恵の父親と)して20年になる。恵が高校に入学する時期に札幌から東京の多恵の実家に戻ってきた。多恵の両親と弟と5人で暮らしていたが、数年して父親(恵の祖父)が亡くなり、しばらくして恵が結婚した。それからずっと、多恵は母親と弟との3人暮らし。

たぶん恵は知らないだろうが、多恵は離婚してから何人かの男性とお付き合いをしたそうだ。どの程度のお付き合いだったのかは分からないが、それは自然なことだ。プーは不能になったので離婚してから女性とは付き合っていない。これも、自然なことだと思う。
で、何人と、どんな人と付き合っていたの?と尋ねたことがあった。ベッドの中だった。2人かな?と、ぼやかして、どれも上手くいかなかった、と言って顔をプーの胸にうずめて涙をながしたので、それ以上のことは聞けなかった。

恵が知っている多恵は、恵をひとりで育てたこと、お爺ちゃんの介護をしたこと、今はおばあちゃんのめんどうをみながら弟(58歳、独身)の世話もしていること。
孫の寛(カン)の顔を見に鶴ヶ島のマンションには来るが泊まらなくなっているから、恵は今日も多恵がプーの部屋に泊まって帰るのは分かっている。なにも問いただすまでもない。それでいい、と思っている。
プーも恵がなんとなく好意的に自分たちのことを見守っているような気がした。
と言うのも、ミヤと3人で就職の面談をしたとき
「よろしく、お願いします」
と、礼をしたあと、ミヤが席をはずした一瞬を見計らったようにプーの耳元で
「母のことも、よろしくお願いします」
と、付け足して照れながら笑ったから。

恵が注文をとりにきてプーは天ざるそば、多恵はお刺身定食。プーがビールと付け足したら、注文を復唱し確認したあとで
「昼間から、ビール・・・」
多恵もニッコリうなずいた。

言葉とは裏腹に恵がグラスを2つ持ってきてくれたので、プーは呑まないという多恵のグラスにひと口だけ注いでグラスを合わせた。いっきにグラスを空けると視線を感じたので厨房に目をやると島が親指を立てていた。視界のすみでミヤも同じようにしていた。そんなやりとりに気づいていない多恵は、プーのグラスにビールを注いでからひと口のビールを呑みほして、手で自分のグラスにふたをして「注がないで」のサインを出した。

それから、刺身の盛り合わせの皿と、わさび醤油の小皿を押し出し
「食べて・・・」
と、言いながら、プーの海老の天ぷらをパクリと大胆に噛み切った。
「かぶりついたね・・・」
多恵は喋ることができず、そしゃくしながら何度もうなずいている。
「美味しい」
と言って、残りの海老天をしっぽのとこまで食べた。
プーはカツオのたたきとゴボウの天ぷらを肴にビールを呑んだ。
多恵は白身の魚とレンコンの天ぷらを食べた。カツオとサーモンとイカの刺身を食べた。もちろん、定食のご飯、お新香を食べて味噌汁も飲んだ。プーよりも食欲がある。
「のびるわよ・・・」
と言って、プーのそばを口にした。ズルズルッと、いい音がした。

裏の寮の部屋に帰るまえに、ちょっと散歩することにした。
日高県道を渡って喜多院と成田山別院をぶらぶらと歩いた。プーは歴史に暗いから講釈をたれることもない。多恵はプーの腕をとって立て札の前で立ち止まり、喜多院の歴史を読んでいる。プーもいっしょに読んだが、よく分からなかった。多恵が天台宗や徳川家光や春日のつぼねのことを朗読しながら説明してくれた。
「これ、NHKの大河ドラマでやっていたわよ。川越に30年も住んでいて、何もしらないのね・・・」
批難するふうではなく、子供に話すように言ってプーの腕を大きく振った。振られた腕がブランコのように揺れ、頭上にまで舞い上がり、プーの頭に落ちてきてポンポンと叩いた。
「おバカさんね」

お賽銭を投げ入れ太い荒縄を両手でゆすり鈴を鳴らして、お祈りしている多恵の横顔を見ていた。キレイだと思った。
プーも小銭を投げ入れ、祈った。
夏が去り、秋が来ようとしていた。陽射しは暑くもなく、吹く風が気持ちよかった。
ふふふ、と笑って歩き出すと捕まえたプーの腕をさきほどよりも小さく小刻みに振って
「ねぇ、なに、祈ったの?」
と、問うてプーの顔を覗きこんだ。
「ふふふっ・・・」
また、プーは鼻で笑って歩いた。
「ねぇ、ねぇ・・・」
多恵はプーの腕を引っ張った。
プーは多恵を引き寄せ、耳もとで
「多恵のこと・・・」
多恵は睨むようにプーを見つめ、その目がじわじわと優しくなった。それから、恥ずかしそうにうつむいて、プーの腕を自分の身体にあてがった。黙って部屋にもどった。

「はじめ、多恵に働いてもらえないか?・・・と言われてね」
プーはドアを開け放したままにして、窓を開けた。いい風が入ってきて通りぬけるのが爽やかだった。バッハのCDをかけた。
「働きたかったけど、いろいろとね・・・」
「うん、でも恵さんが働けそうだから、よかった」
プーは昼間の1本のビールで気だるくなり、眠気がしてきた。ドアと窓をしめ、カーテンを引いた。いっとき早い夕暮れのような明るさになった。プーはベッドに横になり目を閉じた。
「いつ、産まれるのかしら・・・」
多恵はプーのお腹を撫ぜていた。
まどろみはじめたプーには多恵が何を言っているのか分からなかった。見つめると、多恵は人差し指で階下を示した。
「11月、らしい・・・」
はじめ、自分の大きなお腹を揶揄していると思い込んだので、メグのことだと理解して返事をするのにずいぶんと時間がかかったような気がした。
多恵の手はプーの胸や脇腹を這った。他人にさわってもらうのは、気持ちよかった。そのまま、身をまかせたまま、眠りの方へ引きこまれていった。


(15)
10月にはいるとプーや島たち、よそ者はそれほどでもないが地元の敦子さん、佳さんなどはじわじわと高ぶってくるものがあるようだ。ジュンも山車の上で横笛を吹くのも今年が最後だ。祭りの準備をしながら、うきうきしている。夏休みにはいってから聞こえていた子供たちのお囃子の練習にも熱がはいる。しばらくは、うるさいと感じていた太鼓の音も毎夜聞いていると酒席のいいBGMになっているから、不思議だ。

なんといっても、川越祭りは年間で1番の稼ぎどきだ。祭りの2日間で「ミラノ」の10日分の売上が見込めるので気合がはいる。
ミヤが仕切っている。
祭のテキヤ家業にも、みんな慣れたものだ。ヒロダン夫婦が前日からおでんの仕込みをしてくれる。大根、じゃがいも、厚揚げ、がんも、はんぺん、たまご、竹輪、牛すじ、こんにゃく、など。いつの間にか、具の種類がふえている。プーとしては、大阪風に鯨のコロを入れたいところだが、今では手に入らない。

今回は、おでんの横で焼き鳥を焼くことになった。「ミラノ」の常連さんの元(ゲン)さんが焼いてくれる。つい最近まで焼き鳥の飲み屋を営んでいたが、80歳になったのを機に店は息子夫婦に任せている。ゲンさんは息子が肉を切り刻み、串挿しして運んでくれた焼き鳥を店頭で焼くだけで、包装や会計は恵さんやメグがやってくれる。黙々と焼いているが、お客さんの注文には追いつかない。うちわを叩き、串をこまめにひっくり返し、肉の焼け具合を見つめるゲンさんの目は日ごろとちがって鋭い。

店頭の出店は若いバイトの女子大生でにぎやか。ジュン、グレ、和、佳さんの娘、彼女たちの友達のヘルプが3人。お腹の大きいメグは店の奥で座ってレジをやりながらKくんの動きを目で追ってはいるが、指示を出すまでもなくKくんはこまめに動いて、ヒロダンや島との連馨が板についてきている。ヒロダンはおでん、島は焼きそばとフランク、プーは生ビールなどドリンク、ミヤが現場監督。

祭の2日間はメニューも出店のもの以外はカレーしかない。それに、店内で飲食するとテイクアウトより若干高い。若者は歩きながら食べるからテイクアウトでいいが、お年寄りは、そういうわけにもいかない。歩き疲れているから、どうしても座りたくなる。焼き鳥を食べながら生ビールを呑んでいるオジサンの隣で奥さんが焼きそばを食べている。その2人の間でお孫さんらしい子供がフランクをかじっている。

子供といえば・・・オッスが子供を連れてきた。いきなりで驚いたが、すっかりお母さん役が板についていた。亭主も一緒で奥のテーブルでおでんを食べながら
「呑みたいけど・・・車なんですよね・・・」
どんな男なんだろう、興味本位で声をかけるとオッスが紹介してくれて、亭主は立ち上がって挨拶をした。
そこへ、ミヤがノンアルコールの缶ビールをさしだす。
「はるばる群馬から・・・私のオゴリです・・・」
「ありがたい。呑みたかったんです、コレ」

なかなかの男前や、とプーは思った。感じも悪くない。どこかで見たような気がしたら、オッスの結婚式の写真で見たのを忘れていた(オッスの花嫁衣裳の写真しか記憶にない)。ミヤ、島、ヒロダン夫婦が忙しいなか、かわるがわるオッスのところへ行って声をかけている。次々と挨拶をおえたオッスはメグのお腹に手をあてたあと、いっとき店頭で和たち学生といっしょになって大きな声を張りあげて売り子をした。なかには、オッスのことを覚えている客もいて、話しかけてくる人もいる。そんなオッスの後ろ姿を亭主と子供は目を丸くして見ている。

オッスがメグのお腹に手をあてたのを見て、思い出した。
プーが胆石で入院手術をしたとき、ちょうどオッスが卒業で帰郷するのでお母さんと一緒に病院まで挨拶にきて、プーのお腹の傷跡に手をあてたのだった。あれから数年たったのか、と思うと月日のたつ速さにおどろいてしまう。
プーが安全パイだと知っていたから安心していたにしても、オッスはプーの娘よりも若かったから、ときどき泊まりにくるのは奇妙だった。しばらくの間、オッスの真意を計りかねた。

オッスはオジサンを誘うこともなく、プーも迫ることもなかったので、こうして家族同伴で再会できる。バイトではあったが、職場「ミラノ」の皆とも談笑ができる。オッスはちょっと変わった娘(こ)だったが純粋なところがあって、人間関係で悩みがちだった。そんな悩みの相談もかねて泊まりにきていたのだ、と今では分かるが、彼女は具体的には悩みをうちわけなかった。親同士で話をすすめていた、いま横に居る亭主との結婚について相談したかったのかもしれない。

いっとき、学生時代にもどって店頭で売り子をして家族の席にもどると
「お母さん、すごい・・・」
子供は手をたたき
「やるもんだね・・・」
亭主は見知らぬ女房の一面を目にして子供といっしょに喜んだ。

敦子さんが孫を連れきたかと思うと、恵さんの亭主が娘の寛(カン)と来ている。安ちゃんは祭の役員だから、この1週間、敦子さんの相手はできない。建設会社の仕事もそっちのけで祭りにかかわっている。祭の間、敦子さんの家に息子と娘の2家族が集まるのが恒例となっている。それで4人の孫たちが帰ったあと、敦子さんはぐったりと疲れて腰が痛くなってしまう。

恵は仕事をおえると待たせていた亭主と娘のカンと祭り見物に出かけた。その家族の後ろ姿を見たとき、プーは自分の過去を思い出していた。子供が小さく自分も若く、家族のための責任感でガムシャラに働いていた頃のことを。幸せだったのか、どうか分からない。ただ、充実していたことは確かだ。が、それは自分だけの充実だったかもしれない。収入は減ってもいいから、家を買えなくてアパート生活でもいいから、もっと家族と一緒にいる時間を持てば良かったかも。ちっぽけな一軒家の住宅ローンの返済のために休みを返上して残業をして、家族との大切な時間を失くしたわけだ。

店じまいをはじめたころ、予定どうり多恵がやってきた。今回は娘家族とは合流せず、店の片付けを手伝って簡単な打ち上げに参加した。
「明日やるから、そのままでいいよ」島。
何年か前から、祭の翌日は休みにしている。祭の土日にしっかり稼いで、後の月曜はしっかり休む。
「多恵さん、明日やるから、そのままでいいよ・・・」ミヤ。

島とヒロダンがテーブルをくっつけて、真ん中に残り物のおでんの鍋と焼きそばの山をドンと置いた(焼き鳥とフランクは売り切れた)。ミヤが取り皿と箸を並べ
「お疲れさま。好きなの、勝手に取って食べて・・・お腹のすいている人、カレーがあるわよ」ミヤ。
「これ、空けちゃわないと・・・」
プーが生ビールのタンクを持ち上げて中身を量っている。
「とにかく、乾杯しようよ・・・」島。
若者たちは帰ってしまい、島、ミヤ、ヒロダン夫婦、プー、多恵で簡単な慰労会。身体は疲れてはいるが、仕事をやりきった充実感で満たされていた。

年々、川越まつりの観光客が増えている。かつては30万人ぐらいの人出だったのに、今では70万人だとテレビのニュースで取り上げられていた。毎週のようにタレントの安易な散策や食べ歩き番組があり、それらを見た東京の人々が押し寄せてくる。新宿から西武線で1時間たらずだし、池袋からだと東武東上線で30分。だから日帰り観光にはちょうどいい距離だ。乗り放題の市内循環バスを利用すれば、1日でおもな名所旧跡は見ることができる。

おかげで「ミラノ」の経営も助かっている。プーが「ミラノ」で働くようになった頃は、観光客は店に入ってこなかったが、最近ではポツリポツリ、土日のバイキングランチではけっこうな客数になっている。テレビにはでていないが、観光用のパンフレットや雑誌の特集に「ミラノ」が掲載されるのが宣伝になっているのかもしれない。
それにホームページを作ったり、ネットで小江戸川越会などのサークルに入ったり、フェイスブックを利用しているのが効をそうしているのかも。

「ミラノ」の経営も一時の危機的状況からすると、だいぶ持ち直してきた。チェーンのイタリアンやセルフのコーヒーショップが近所にできたときは、危なかった。立ち退きを迫られて、島さんと安ちゃんが資金を出して「ミラノ」を買い取ってから落ち着いて商売ができるようになった。それまでは、毎月毎月、支払いに追われる日々だった。

なんといってもミヤの頑張りがすごかった。今までは11時開店だったのを朝7時からにして、モーニングを始めたこと、3時から5時までの昼休みをティータイムにして営業したこと、単なる古ぼけたイタリアンに和食を注入したこと、夜は居酒屋感覚になり9時以降は「Barミラノ」になった。

亡くなったギー、プー、島、皆んなでああだこうだ言いながら、ときには口論しながら改善してきたが、ミヤの率先垂範に引っぱられたことは、確かだ。
この春からKくんが働きだし、使い物にならないと思っていたのに反して活躍している。今までは歩いて配達できる範囲だけの出前だったので1日に1回か2回だったのが、Kくんがバイクで配達するようになって10回ぐらいになっている。彼が出前のチラシを作ってポスティングしている。ネットにも載せている。
出前の売上が数字となってハッキリでている。数字は現実だ。いや、現金か。

祭の売上を聞いて疲れもすっ飛んだ、と言いたいところだが、寄る年波には勝てない。
「明日の片付けは何時から・・・?」
生ビールを1杯呑んだだだけでヒロダンが立ちあがった。
「お疲れさま・・・10時、10時でいいわね」ミヤ。
ヒロさんも立ち上がる。
「明日のお昼、何か作ろうか?」
帰りぎわ、ドアのところで振り返ってヒロダンが言った。
「おでん・・・」プー。
祭りでこの2日間、さんざんおでんを仕込んだので、見たくもない。ヒロダンもヒロさんも、みんなプーの突っ込みに笑いだす。
「まかないの鉄火丼がいいな・・・簡単で」
島の返答に皆が同意すると
「じゃ、マグロを解凍しておかなくちゃ・・・」ヒロダン。

ミヤと多恵がテーブルの上のものを片付けはじめたら、島が自分を指差してから、その指をミヤに向けた。今夜はミヤのところに行く合図。島とプーは「ミラノ」寮の2階でとなり部屋。バス、トイレ、台所、リビング、は共有だ。だから、多恵が泊まりに来ると、島は気を使ってミヤのところへ行くようになった。


(16)
もしやと思い、平さんにメールをした。日曜日は「月」の定休日だが、用事がなければ平さんは店にいる。照明を落としてドアにクローズの札を掛けて、ピアノの練習をしたり音楽を聞きながら本を読んでいたりする。
島がミヤといっしょに帰ったので、プーも多恵と部屋にもどってもよかったのだが、、平さんの顔が見たくなった。簡単すぎる打ち上げが物足りなかったのか、まだ祭の高揚感が身体のどこかに残っていたのか、それとも多恵を平さんに引き合わせたかったのか、自分でもよくわからないで足が「月」へ向かった。多恵は嫌がらずついてきた。

お互いに面識はあるが、多恵を平さんに紹介した。平さんのことは前々から多恵に話してある。
「じゃぁ、ちょっと呑みますか・・・」
めったに呑まない平さんが練習をやめて付き合ってくれるらしい。
「祭りはどうだったの・・・?」平。
「忙しかった。今までで最高・・・」プー。
「それはいいね。ここは祭りでも関係ないけど・・・。今日は休みだし、昨日はやっていたけど祭りの客が来るような店じゃないからね・・・で、なに呑む?」
「さっき生ビールを呑んできたので・・・ウィスキーソーダ」
「バランタインでいいの?・・・昔はハイボールって言ったんだけど・・・」平。
「なんで、ハイボールなんですか?」多恵。
「炭酸の泡(ボール)が底から上(ハイ)に立ち上るから・・・これは私の説でね、正しいかどうか、分からない」平。
「あっているような気がする、その解釈。だとすると・・・むかしハイライトってタバコありましたよね・・・あれは・・・?」プー。
「ありましたね、私も若いころ吸っていましたよ、ハイライト。・・・だから、ライトが上にいくんでしょ」平。
「上にいくのは、煙じゃないの?」プー。
「そうか・・・煙が立ちのぼる・・・ケムにまかれたような・・・ところで多恵さんは何をめしあがりますか?」平。
「コーヒー・・・いただこうかしら」
「ハイボールにすれば・・・私も呑むから乾杯しましょう」
「コーヒーは後でいっしょに飲もうよ」プー。
「じゃぁ薄く、少しだけ」
多恵は目の前のタヌキの置物をもてあそんでいる。

「昔ね、銀座のクラブで弾いていたとき、あの伊丹十三がやってきてね、スコッチのストレートと別のグラスのソーダをかわるがわる呑んでいてね・・・ふ〜ん、そんな呑み方もあるのかと感心したことがあるよ。たいていソーダで割るからね。でも、考えたらウィスキーのストレートを呑みながら水を呑むから、水の代わりの炭酸水なんだね。彼は若い頃、フランスやイギリスなどヨーロッパを放浪していてカッコつけているんだ。キザなんだ。50年も前に、そんなヨーロッパ退屈日記の本をだしていたな。向こうは水の質が悪いから、有料のミネラルウォーターを呑むじゃない?だったら炭酸水の方がスッキリしていいかもね・・・」

「これ、甘いわ・・・」多恵。
「呑みやすいね、水割りより」プー。

「平さん、落語が好きなんですか?」
壁にかかっている小さんの写真を指差して多恵がたずねた。
「威張れるほど好きでもないんですがね・・・なんたって、私たちの教祖ですからね」平。
「教祖・・・?落語家でしょ」
「プーさん、彼女に話してないの?ポックリさんのこと」
プーはうなずいているだけ。

「プーさんとポックリ教を作ったんですよ。まぁ、新興宗教・・・まだ宗教法人としては登録していないけど・・・(プーさんがサボっているから)まぁ、冗談半分だから、申請しなくてもいいんだけどね。で、この店が教会でもあるの。教祖が柳家小さんで教主がいないの、誰もなり手がいなくて。言い出しっぺのプーさんがやればいいんだけどね」
「オレじゃ、、貫禄がなくて軽すぎて、柄じゃないよ。平さんしかいないよ、ほかに」
「いや・・・新興宗教は苦手で、他の宗教も・・・信心がないので教主なんてもってのほか。ただね、宗教法人の申請も登録もしない、内々の遊び、戯れなら・・・」
「ホントですか、お願いします。やってください、教主。これでなんとかカッコがつく」
「遊び、遊びですよ、プーさん」平。
「遊び、けっこう。遊びでなくちゃぁ・・・」プー。

「わたし、コーヒーをいただこうかしら・・・それで、ポックリ教って、何をするんですか?」多恵。
「何をするって・・・プーさん、説明してよ。・・・コーヒー、飲む?」
「飲む。・・・要するにね、ポックリ逝きましょうってこと、寝たきりやボケになる前にね」
平さんが3人分のコーヒー豆を挽いてネルドリップで落としている。
「いい香り・・・深呼吸してしまうのよね・・・」
「ポックリさんのことを思いついたのはね、山ちゃん(敦子さんの亡くなったご主人)の友達の竹本さんっているじゃない、くも膜下になった、あの人の見舞いに何度も行ってからだよ」プー。
「そうだったね、思い出しました。私は竹本さんとは面識はないけど・・・プーさん、あの人の部屋に住んでいたんじゃないの?」平。
「そう・・・山ちゃんに紹介されてね、彼の市営住宅に転がり込んだわけ。そのつながりで(安ちゃん、山ちゃん、竹本さんは高校時代の学友)安ちゃんと一緒に竹本さんの見舞いに行っていたわけ。手術を受けた府中の病院にいたときは、まだ良かったんだけど・・・狭山の病院というか施設に移ってからは悲惨でね・・・」
「悲惨って・・・?」多恵。

竹本さんがくも膜下で倒れ、入院してから死ぬまでの3年ちかい延命治療の日々をどのように話して聞かせればいいのか・・・プーは、考えがまとまらなかった。正確に多恵に伝えようとしたら、竹本さんの2回の離婚や酒とギャンブルや家庭と仕事などを説明しなければならないが、それはめんどうだ。

狭山の病院に10回以上も見舞いに行ったが1度も医師に会わなかった。ときおり看護師が現れて紙おむつを取りかえ、点滴を調整するぐらいで治療をしているようには見えなかった。ただ素人のプーには正確なところは分からないが、いろんな薬を試しているようだった。
(そういえば、他の見舞い客と1度も出会わなかったのは、不思議だ)。

はじめの頃は、話しかけると言葉にならない声を出して反応していたが、そのうち唸り声になり、1年もすると唸り声も出なくなっていた。それでも話しかけると、モニターにうつる白い線のように瞳孔を左右に動かしたり瞬きしたりして応えようとしていた。2年を過ぎると、まったく反応がなくなり、見開いた目が怒ったようにこちらを睨んで動かない。いつ行っても眠っていた。話しかけると、たまにめんどくさそうに瞼をあげてすぐに閉じた。植物人間になったらしい。それから、1年ちかく生きていた。

いまでも、竹本さんが両手をベッドの鉄パイプに縛りつけられている姿をありありと想い浮かべることができる。
死にかけている人間を薬でもって死なせないで薬の実験をしている。科学の名のもとに、あるいは生命の尊さのもとに、人間をモルモットにしている。

「治る見込みのない老人の末期患者を薬漬けにする延命治療は、虐待だね。拷問だよ」プー。
「あと10年もすると、団塊世代が80の大台にのるでしょう。そうすると、延命治療なんて、やっていられない。健康保険制度が破綻する。国の財政がもたないですよ」平。
「オレがポックリさんをはじめたのはね、国の財政なんかじゃなく、竹本さんのように薬漬けのモルモットにはなりたくない、という思いから。・・・自然な老衰死がいいなぁ」
「まぁ、そうだね。ポックリ信者はボケたり寝たきりになる前にポックリ逝くこと。それがダメにしても、延命治療の虐待と拷問は拒否する。尊厳死、安楽死・・・を願う」平。

「母と2人で父の介護をしました。自宅で1年、病院で1年。最後の1ヶ月は自宅で・・・どうしても家に帰りたい、と父が言ってね・・・」多恵。
「そう・・・それは・・・」平。
「母と2人だったからできましたけど、1人だと無理でしたね。頭はしっかりしていましたけどね、食べられなくなり、排泄もできなくなり、私たちでは手に負えなくなって入院したのです。その病院はお医者さんも看護師さんも、よくしてくれましたけど、本人としては生ける屍のようでしたね。早く死なせてくれ、と言っていました。82歳だし、これからガンの手術をするのも、どうか、と先生から問われて、母と弟と相談しましてね、手術はよして延命治療もしないことにしたのです。もちろん、父の意思でもあったので先生も理解してくれて協力してくれました。まぁ、たくさん書類を書かされましたけどね(病院と医師の責任にならないための)・・・。
自宅に帰りたい、という希望もかなえられ、父は喜んでいました。それでね、驚いたんですが、家に帰ると父はビックリするぐらい元気になりましてね、母なんかお父さんの病気は治るんじゃないかしら、と言い出す始末で・・・。でも、1ヶ月で逝きましたけどね、母と私と弟と孫に看取られたから・・・」

「私たちポックリ仲間はね、同じ墓地に入ることにしている・・・まぁ、自治体の共同墓地ですけどね」平。
「群馬との県境にある丘陵でね、いいところだよ」プー。
「そこにポックリ教の墓地があるの?」多恵。
「ポックリ教の墓地というわけではなくてね、県営の丘陵公園墓地なの。その一角に共同墓地があってね、そこにポックリ仲間が入ろうとしているわけ」平。
「なんにもないところでね、言われないと、そこが墓地とは分からない。土を盛っただけの古墳みたい」プー。
「へんに門や塔を建てられるより、あのままがいいね・・・」平。
「そう、看板とか解説の札など立てられても・・・困るよ」プー。
「そろそろ、ギーさんの1回忌だね」平。
「そうだね、行こうよ、みんなで・・・」プー。


(17)
「月」を出て、裏通りを部屋に向かう。
「さむい・・・」
と、言って多恵がプーの腕を取る。
いつの間にか紅白の幕がはずされ、祭りのあとの人通りのとだえた町は静かだ。
「私も行こうかしら・・・行ってもいい?そのお墓」
「うん・・・」
多恵はプーの腕を抱きしめてうつむいて歩いた。もしかして、多恵もその墓に入ることを考えているのか、と思い多恵の横顔をいちべつしたが、プーの視線には気づかず身を縮めてうなずくようにして歩いている。多恵がプーと同じ墓に入ることはありえない。そんなとっぴな考えが浮かんだことがおかしく、笑うと
「なにが、おかしいの?」
と、多恵が不思議そうにプーを見つめた。
「イヤァ・・・いっしょに行きましょう、墓地に。ドライブしよう」

風呂からあがり横になっていると、あっけなく寝入ってしまったようだ。後から風呂を使った多恵がプーの乱れた掛け布団を直しているのには気づいた。布団に入ってきた多恵の肌に手をあてがったままプーは眠りの引力に落ちていた。

「ゴメンネ、先に寝てしまって・・・」
洗濯機の音で目が覚めた。ひさかたぶりの深い眠りだった。
スッキリ、さわやか。思わず自分に
「おはよう、よく寝たね」
と言ってやりたい気分。

「ちょっと、待っててね」
多恵がプーの下着やシャツを洗って、干していた。
ヒゲを剃って歯をみがいて、冷蔵庫を開け、冷たい水を飲んだ。それから、ある野菜を全部取り出した。レタス、トマト、きゅうり、玉ねぎ、人参、ピーマン、ジャガ芋。玉ネギとジャガ芋を丸ごと電子レンジでチンして、その間、氷水で冷やしておいたレタスをちぎって、トマトときゅうりを切ってのせた。ドレッシングは「ミラノ」からいただいたもの(酢、オリーブオイル、塩、ブラックペッパー入り)。サラミの切れはしが残っていたので細かく切り刻んでふりかけた。スライスしたフランスパンを2枚ずつ、なにもつけない。

「あらっ、おいしそうじゃない・・・」
洗濯物を干しおえてベランダからもどり、手を洗いエプロンをはずしながら食卓を見つめている。
「スープはポタージュとオニオン、どちらがいい?インスタントだけど」プー。
「ポタージュ」
多恵はすでにフランスパンをちぎって噛んでいる。
「レタスがパリパリして歯ざわりがいいわ・・・この茶色いものはナーニ?」
「ナンデショウ?」
プーは細くて茶色いものをつまんで多恵の口に指しいれた。
多恵は噛みながら首を傾げ目を泳がせた。


(18)
今日の「ミラノ」は臨時休業。会社やチェーン店でもない個人商店は、お祭り明けは休みが多い。

島とヒロダンが出店を片付けていた。焼きそばの鉄板、おでんの鍋、焼き鳥の台。元の位置に椅子やテーブルをもどすまえに、この時とばかりミヤとヒロさんは日ごろ手のとどかない所を掃除している。多恵と娘の恵が掃除機と雑巾がけを手伝う。プーは生ビールの台やタンクをを片付ける。Kくんは祭り関係の装飾をはずし店頭に水をまいてデッキブラシ。

ヒロダンの作ってくれた鉄火丼をみんなで食べ、早々と解散した。ミヤと島は、Kくんとお腹の大きいメグのところへ。ヒロダン夫婦は打ったそばえお土産に友人宅へ行く、と言う。プーは久しぶりに多恵と新宿へ。かつてプーが働いていて多恵と出会ったジャズ喫茶に行ってみた。

店は紀伊国屋裏から靖国通りへ移転していた。地下に降りていくと、内装は昔と似ていた。若干、狭くなったような気がしたが、雰囲気はあまり変わらない。40年前、自分が目の前のカウンターの中にいたのかと思うと、感慨深い。

「わたし、ここに座っていたのよね。あなたが中にいて」
「そう・・・」
「なにを話したのかしら?」
「さあ・・・」
「あなた、ロングヘアーで口ひげを・・・」
多恵は昔を思い出しているようだった。

「わたしの家に来ない?お母さんに紹介したいのよ」
思いがけない多恵の誘いだった。

「うーん・・・どうしようかなぁ・・・」
プーは無意識のうちに断ろうとしていた。

お母さんには会ったことはないが、亡くなったお父さんには会って叱られたことがある。もう40年も前のことだが、19歳の多恵と付き合いはじめたら、お父さんが面会を求めてきて娘と交際しないでくれ、と釘をさされた。それからまもなくして、多恵は札幌に行ってしまい(行かされてしまい)会えなくなってしまった。

その時のことを思い出すと暗い気持ちになってしまう。
25歳にもなって、プーは喫茶店のアルバイト生活だった。その日その日の生活で、お先真っ暗だった。5年後の30歳の自分の姿を想像することすらできなかった。悲観的な将来を毎晩のお酒で楽観的に塗りつぶしていたから、多恵のお父さんから相手にされないのも無理からぬことだった。

「昔のことは、話していないの・・・今年になって知り合ったことになっているの」
多恵は月に1度、娘の恵のところに1泊して孫のカンに会うのを楽しみにしている。月に1度が2度になるのはいいとしても、泊まるところがプーの部屋では心苦しい。母だって弟だって、なんとなく気づいているだろう(まさか娘の恵が話しはしないと思うが)。

「今日は弟も家にいるので・・・紹介しておきたいの」
小田急線に乗るのは久しぶりだった。

昔、20歳のころ、経堂に住んでいる友人のアパートによく泊めてもらった。たいてい新宿で呑んでいて、駆け出して経堂止まりの最終電車に飛び乗るのだった。いつの間にか、線路や駅が高架になっている。それに駅と駅が短いような気がするし、民家が走る電車にいやに近い。まぁ、それはどうでもいいことだけど。

多恵の家に行くのは気がすすまないことだったが、プーの昔話はしていない、今年になって知り合ったことになっている、と言われて気が軽くなった。多恵の立場を考えるとむげに断るのも可愛そうだ。この際、お母さんや弟と挨拶しておくのが筋というものだ。そう自分に言い聞かせると気後れもゆるんできた。

「弟も早期退職してね、今は駅前の駐輪所でアルバイトをしているの。お昼まで、4時間ぐらい。それも毎日じゃないの」
「オレも早期退職・・・バブルがはじけて会社がかたむいて、窓際から追い出された。無能なわりには高給取りのオヤジから人員整理ってわけ。惨めで情けなかったなぁ・・・。自分が無用の長物のような気がしてきてね、ハローワークに通いながらウツになったよ・・・」
「・・・弟はね、ノンキなの。奥さんも子供もいないから無責任」
「子供はそうでもないけど、女房にはプレッシャーを感じたね、失業して」
「弟は結婚していないから、世間知らずで子供といっしょ。毎日、昼間からビールを呑んでいる」
「いいね・・・住宅ローンはないし、子供の学費もかからない。自宅に住んで炊事洗濯はお姉さんの多恵がやってくれる」

結婚もせず社会からはみだした陰気な男を想像していたが、弟は明るくよく喋った。お母さんは80過ぎの老婆らしく、ただうなずくばかりでほとんど話さなかった。ちょっとボケがはいったような、変化のない表情からは何を考えているのか読み取れなかった。ただ、60ちかい独り者の息子を強く愛しているのは確かだ。

「こんど、ミラノに遊びに行きますよ。観光を兼ねてね、恵ちゃん(弟の姪)の働いているときにでも・・・」
弟はなんの屈託もなく言い放ち、多恵に同意を求めた。
「お母さんも連れて行こうかな・・・?」
多恵は首をかしげながらチラッとプーを見て笑うだけで返事をしなかった。
お母さんはプーのことをどのように考えているのか、分からなかったが、弟は好意的に見えた。もしかしたら、彼はプーのことを自分と同類(うだつのあがらない好人物)と感じているのかもしれない。といっても、、小1時間の雑談だから本当のことは知りえないけど。

千歳船橋の駅まで多恵が送ってくれ、その道すがら
「母はね、私のことより弟のことを心配しているのよ。自分が死んだあと弟はどうなるのだろう?大丈夫かしら?・・・そんなことを繰り返し言ってね、結局、私に弟のめんどうをみさせようとしているの」
プーはなんて返事をしていいのか分からない。
多恵もあえてプーの意見を聞きたいわけでもなさそうだ。家族内の煮詰まった空気を少し吐き出したかったのだろう。他人のプーが口を挟むことではない、と思い、ただうなずいていた。ちょっと、多恵の肩を抱き寄せたい衝動がプーの身体の中を駆けた。それを多恵も感じたようだ。が、昼間の駅前は明るく人が行き交い、多恵は地元の誰に見られているかもしれない。プーは物陰にさそって
「いっしょに行きましょう・・・お墓・・・ギーさんの」
人に見えないように多恵の手を握った。
多恵も強く握り返して、パッと手を離した。


(19)
11月にはいって予定より早くメグの赤ちゃんが産まれた。男の子。
ミヤはめずらしく仕事を休んでメグの世話をしている。そのあおりを食って島もアタフタしている。そんなわけで、ギーさんの墓参りはプーと多恵、平さん夫婦だけとなった。

関越の本所児玉で降りて丘陵墓地に向かう途中で遅い昼食をとった。30年も前、バブルの頃、この辺でよくゴルフコンペがあった。その打ち上げに使った店をさがしたら簡単に見つかった。が、峠の道路沿いにある大きな蕎麦屋さんは経営者が代わり、店を半分にしていた。残りの半分は住居。

プーと平さんは天ざるそば、多恵と奥さんは肉汁うどんのつけ麺。そばの味はまずまずだったが、ヒロダンのそばの方が美味しいような気がした。うどんの量が多かったので多恵から少しいただいて味見をした。平らさんもまねている。奥さんが、平さんの海老天を取った。多恵もプーのキス天を食べ、そばをすすった。
うどんは地粉使用で黒っぽく、コシがあるというより硬い感じ。豚の肩ロースがたっぷりと入った醤油味の強いスープにうどんをつけて食べる。長ネギが肉の臭みを消してまろやかな甘みを出していた。素朴な田舎風味で美味しい。
昼食にしては遅かったせいか、プーたち以外に客は1組4人のゴルフ帰りだけだった。

「昔は、ここでコンペの打ち上げをしたんですけどね・・・」
表に出てきた主人にプーは話しかけてみた。
笑いながらうなずいて
「よくその話を聞かされるんですよ。あの前の広い駐車場が車でいっぱいになったんだって」
「バブルで景気もよかったし、飲酒運転もそれほどうるさくなかったからね・・・」
「繁盛していたらしいですね。・・・暇になったこともありますが、経営者の方が身体をこわされたとかで、1年間ほど閉まっていたらしいです。今は、コンペもあまりないですね。あってもドライバーがお酒を呑めないから簡単な成績の発表会だけです」

食事をしたそば屋から10分ほど走ると視界がひらけて丘陵墓地に着いた。もしかしたら、今ではゴルフ客よりプーたちのように霊園の行き来の客の方が多いかもしれない。30年もたてば立地条件も景気も流行も・・・なんでも変わる。墓地の有り様だって変わるだろう。

管理人のオジサンに挨拶をしようと扉を開けると読んでいた新聞から目を上げラジカセのボリュームを下げた。
「今日はビル・エバンスですね・・・」平。
オジサンは見ていた株式欄を閉じ、うなずいた。平さんとプーのことを覚えていた。
「最近は、こんなのも聴いているよ・・・」
オジサンは立ち上がり先頭で歩きだした。オジサンの指紋と暗証番号がないと中には入れない。多恵と奥さんは初めてなので見せておきたかった。といっても遺骨を放り投げる深い大きな穴があるだけなんだが・・・。平さんとオジサンは歩きながら昭和40年頃のジャズ喫茶の話をしていた。新宿や渋谷に行きつけの店があって話がつながっているようだ。

多恵と奥さんは黙々と歩き
「あれだよ・・・」
プーが指さした小高い共同墓地を見て不思議そうにしていた。
そこだけが土が盛り上がった雑木林で、教えられないと墓地とは分からない。塔や碑があるわけではなく、もちろん墓石もない(そのうち共同墓地のプレートが入り口にはめられるかもしれない)。古墳を小さくしたような感じだが、人工的に盛土をして造ったのではなく、自然に盛り上がっていた所に穴を掘って共同墓地にしたらしい。

「私は、ここには入りたくないわ」
共同墓地を出てから奥さんが独り言のようにつぶやき、多恵も同意したのか、うなずいていた。平さんもうなずくだけで問いただしはしなかった。梅も桜も裸で寒々しい。空気がひんやりとしてきた。

帰りの車中は、行きの和やかな雰囲気とは違って黙りがちだった。4人、それぞれが死や墓について思いめぐらしているようだった。平さんとプーは、すでにギーさんが入っているその墓に入ることになっている。奥さんは否定的な感想をもらしたが先のことは分からない。多恵は今のところ部外者だ。

車内の重い空気を和らげるように平さんが言った
「あのオジサンと同じジャズ喫茶に通っていたんだよ・・・渋谷の百軒店にジャズ喫茶が4、5軒あってね・・・」
話題は50年ぐらいさかのぼり、皆の若かりし頃の話になった。東京オリンピック、ビートルズの来日・・・。プーは初めて多恵に会った1970年頃のことを思い出していた。地下の薄暗いジャズ喫茶のカウンターの中にプーがいて、目の前で多恵が文庫本を読んでいた・・・。

その日の「ミラノ」は日曜日のバイキングランチを終え閉店していた。すこし早いがギーさんの2周忌?(満1年)をやることになっている。プーたちが墓参りに行くことが決まったら、なんとなく集まることになった。ちょうど日曜日で「Barミラノ」が休みで桂さんが賛成した。佳さんはプーたちと墓参りには行かなかった。命日にひとりで行く。

今夜はみんなでギーさんを偲ぶ。
ギーさんの奥さんは呼ばない。奥さんは共同墓地に納骨を済ませてから何の連絡(挨拶やお礼)もない。あまり大げさにしないでギーさんと親しかった人だけに声をかけた。
平さん夫婦を降ろしてプーたちも部屋でひと休みした。往復3時間のドライブで運転の得意でないプーは疲れてジャケットを脱ぐとそのままベッドに倒れこんだ。多恵もならんで横になった。なんか、甘いもの、果実のようなものが欲しくなった。


(20)
プーたちが出かけるとナオがいた。オッスとジュンもいる。ナオは新潟から、オッスは群馬から新幹線で大宮まで来て、あんがい早く川越に着いて3人でかつてのバイトの同窓会。それから、地元のジュンの家でひと休みしてギーさんの満1年忌に顔をだして、夕方には帰る。

「こちらは、プーさんのカノジョの多恵さん・・・」
ジュンが紹介した。
オッスとは川越祭りのときに会っていて顔見知りだが、ナオは初対面で話にも聞いていなかったようで、目を見開いた。
「はじめまして、ナオです・・・プーさんにはいろいろお世話になりました」
「お世話したのは、ギーさんじゃないの?」プー。

ギーさんはナオのことが好きだった。
それは言わずもがなで、衆目の一致するところだ。ナオもそれは分かっていて憎からず思っていたようだが、男女の仲になりようがないほど歳の差が離れすぎていた。ギーはナオの父(亡くなっている)よりも歳上だった。それに、ナオの好みともちょっと違う。

ナオは身長が170もあり、モデルのようにスタイルがよかったうえ、顔がハーフのようにバタくさい美人だった。ナオが「Barミラノ」を手伝っているときは中年のオヤジが列をなしてやって来た、というのは大げさだが、人気があった。だから売り上げも上々でギーさんは喜んでいたが、ナオを口説こうとするオヤジには目を光らせていた。でいながら、ギーさんは佳さんのことが好きだった。

しばらく会わない間にナオは小さくなり輝きをなくしていた。あの頃が満開だったのか、と思うほど彼女の容姿はしなびいていた。新潟の田舎に引っ込んだせいなのか、はたまた何か別の気苦労でもあるのか・・・そう感じるのはプーの思い違いなのかもしれないが・・・。反して、オッスは明るく元気で幸せそうだ。「ミラノ」でアルバイトをしているころは内向的で、くすんだ感じがしていたが、結婚して1児の母親になって、ひと皮むけたような変わりよう。地元のジュンは来春、卒業で就職も決まっているから、最後の学生生活を満喫しているところ。

「むかし、ギーさんにマティーニを作ってもらったことがあったわ・・・」
カウンターに座っていた敦子さんが中の佳さんに話しかけた。
「美味しかったわよ、スッキリ、キリッとして」
「あの人、カクテル作れたのかしら・・・?見たことないけど」佳。
「できないと思うよ。ジンかウォッカに適当にヴェルモットを混ぜたんじゃない?」プー。
「呑んでみたかったね、そのマティーニ」
いつの間にか敦子さんの隣に安ちゃんが座っている。訳ありだが、ふたりは知る人ぞ知る、高校生時代からの恋人だ。
「オリーブの実が入っていてね、美味しかったから、おかわりしたの・・・」

「ギーさんには、いろいろ教えてもらいましたよ・・・器の洗い方から包丁の使い方、研ぎ方・・・」
ヒロダンは大皿に刺身を盛り付ける。ヒロさんが手伝って天ぷらを揚げる。自慢のそばを茹でる。
「市場の仕入先で、いい店よくない店。つき合いのある店ない店。魚の見分け方とか。値段の交渉の仕方とかね・・・市場での作法があってね・・・」ヒロダン。

「私もギーさんには、いろいろ教えていただきました。ありがたいです」
佳さんもヒロさんに手を貸して天つゆ、そばつゆ、薬味などを用意している。

佳さんと荒川さんが「Barミラノ」を始めたのは遊び半分だった。絵描き仲間のたまり場として、金曜と土曜日だけ、9時から12時まで3時間だけ営業していた。
2人とも素人だから、9時まで働いているプーかギーのどちらかが、そのまま店に居残って手伝うことになった。ギーが料理を作り、佳さんに教えた。佳さんも2時間も前に出てきて居酒屋を手伝い接客を習った。しんまいのBarが予想外に受けた。それで疲れたのか水が合わなかったのか、家庭の都合ということで荒川さんが降りてしまい、ナオが手伝った。荒川さんとナオが入れ替わったことで余計に忙しくなった。佳さんは仕事が面白くなり、金曜と土曜日だけの週2日営業から土日祝日以外は毎日やることにした。

大学院生のナオが毎日手伝うわけにもいかないので、新たに音大生のグレをバイト採用した。たまにはジュンもヘルプした。いつの間にかギーさんは毎日深夜まで働いていた。12時でバイトを帰したあとも居残る客と2人きりになるのが怖い、と佳さんが言ったのがきっかけだった。酒癖の悪い酔っぱらいに絡まれたこともあるのだろう。ギーさんが居れば安心という思いと、佳さんと一緒にいたいというギーの思いが重なっていた。

ギーと佳さんのあやしい関係を口にしたのはミヤだった。
2月の大雪の降った翌朝、みんなで雪かきを終えたあと
「佳さん、さっきギーさんの部屋から出てきたよ・・・」
と、ミヤが報告すると、島もプーもヒロダン夫婦も、これといった反応を示さなかった。おとなにとっては公然の秘密。それに、いい感じだから、差し出がましいことは何も言うことはない。亭主もちと女房もちの不倫ではあるけれど、なぜか非難する気になれない。

「仲のいい夫婦みたいね」
敦子さんと安ちゃんの関係をどこまで知っているのか分からないけれど、ミヤは平気で2人をからかう。でも、佳さんとギーにはさすがのミヤも突っ込みを入れにくい。危うい妖しさがただよっていて冗談も笑いを誘わないだろう。
そうこうするうちに、ギーさんは体調をくずして、あっという間だった。

ミヤは孫が生まれてからあわただしく、ギーさんの1回忌もそそくさと後にした。ポツリポツリ、島がギーさんの思い出を語った。

「5、6年まえになるかな、ギーさんにはじめて会ったのは。ハローワークで何度か顔を合わせるようになって話すようになったんだけど、今から思うと、あの頃から影が薄かったなぁ。背が高くやせていて色白だったから弱々しく見えたね」島。
「あの頃、3人とも失業していたから島さんのところでよく呑んだね」プー。
「そう、ギーさんは酒はあまり強くはなかったね。つき合いで呑んでいたのかなぁ」島。
「さほど好きでもなかったようだけど、毎晩呑んでいたよ」プー。

「お酒を呑むと、翌朝かならず下痢をする」
とギーさんが言っていたのを島は思い出した。
その頃は、単に胃腸が弱いのだと解釈していたが、すでにすい臓がんになっていたと考えられる(逆算すると)。がん細胞は身体が異常をきたすほどではないがスクスクを成長していたんだ、何年もかけて。本人が気づいたときには、がんは手に負えない怪物になっていた。
「本人にも分からないぐらいだから、俺たちには・・・分からない」島。
「入院するまで、そんな気配はなかったけどね」プー。
「まぁ、最後に佳さんと仲良くなれてよかったんじゃない・・・」
カウンターに多恵と並んですわり、何やら話しこんでいる佳さんの背中を見つめながら島が立ちあがり
「明日、市場なんだ、Kくんと・・・」
プーも立ちあがるとカウンターの2人も立ち、最後まで残った4人で手分けして食器を集めテーブルを雑巾がけした。

「どうもありがとうございました。みなさん集まってくれて、嬉しかったです。きょうは、お墓参りにご一緒できませんでしたが、命日には1人でドライブしてきます」
1年たって気持ちの区切りができたのか、佳さんは、しんみりとしたなかにも決意のような腹のすわった物言いだった。

「佳さんと、なにを話していたの・・・?」
ベッドの中でプーが聞いた。
「うふふ・・・いろいろ・・・」
多恵が話の内容を思いおこし、ポツリポツリとしゃべりはじめてもプーの返事はなかった。横を見ると、すでにプーは寝入っていた。
寝顔をじっと見つめていた。
死人の顔のように無呼吸だったので、鼻の穴に指をかざして、唇に触れた。
プーの唇がムニャムニャと動いて深呼吸をした。


(21)
変な夢を見た。
歌舞伎芝居のように人が変化して、何人もの人間に入れ替わっていたのだけれど・・・誰が誰と誰に・・・思い出せない。目覚めたときは変な感じとともに覚えていたのに、朝食を食べたころにはすっかり忘れていた。

プーのところに泊まった翌朝は、多恵がプーの下着やシャツを洗濯してくれる。自分の物も洗って着替えとして置いてある。その間、プーが朝食の準備をする。たいしたことはしない。パンをトースターに入れ、あり合わせの野菜でサラダを作り、インスタントのスープにお湯をそそぐだけ。
でも、今朝は「ミラノ」からもらった焼いた塩さばがあったので大根をおろし、味噌汁を作った(ミラノで出せなくなった残った料理は賄いになるか、1人もんのプーがもらう)。豚のバラ肉があったので、野菜(人参、キャベツ、玉ねぎ、じゃが芋)をてきとうに放り込んで炒め、味噌汁に入れると豚汁風味になった。
多恵がまとめて炊いて1食分ずつ小分けしてある冷凍ご飯をチンすると、焼きさば定食豚汁付き、になった。
「あらっ、美味しそうじゃない」
洗濯物を干し終え、洗った手を前掛けで拭きふきテーブルについた多恵の笑顔は母親に似ていた。

師走に入り空気は乾燥し吹く風が冷たくなってきた。朝夕にはコートやダウンジャケット姿がふえてきた頃、弟が多恵と母親を乗せて車でやって来た。「ミラノ」で食事をして川越を散策するらしい。弟はあらかじめ多恵の娘(弟の姪)恵に連絡をつけ、恵の亭主や子供も集まる手はずをつけていた。恵は母親の孫になり、その子のカンはひ孫。順番に並べると、多恵の母、多恵、多恵の娘(恵)、恵の娘(カン)、女ばかり。

母親と弟と多恵、多恵の娘・恵の家族3人にプーも加わっての食事会は多恵の親族の集いのようであった。定年を前にして早期退職した弟だが、1度も結婚をしなかった独身と聞いていて、暗くてうだつのあがらないオヤジをイメージしていたのだが、思いのほかひょうきんな人だった。同じ兄妹でも性格がずいぶん違う。

母親が居るてまえなのか、弟ではあるが長男がこの場を取り仕切っているようだ。その意をくんで多恵は恵や恵の亭主にそれとなく弟の存在をアピールしている。恵の亭主も心得ていて多恵の弟を持ち上げている。
プーひとりだけが親族の仲間から距離のあるオブザーバーのような心地だった。でも、わざわざ弟が母親を連れてきて親族で食事会を催してくれるのには、意味があるはず。その弟の趣旨を汲みとれば・・・ありがたいことである。

その食事会がお開きになる直前に弟がプーのところにやって来て
「姉をよろしくおねがいします」
と、かしこまって頭をさげた。
下げた頭を上げながら
「でも、入籍はしないでね」
おどけた感じで笑い、プーの肩をポンポンと叩いた。

プーには弟のしゃべっている言葉の意味が分かりかねた。
が、今日は多恵の暗黙の指示もあったことだし、この際、弟を立てるに越したことはない。プーも弟の笑顔に同調するようにうなずきながら曖昧に笑った。

ふと、閃くように思い出した、今朝の奇妙な夢を。
弟の含み笑いが、じわじわと30秒ぐらいかけて、最新のグラフィック加工された映画のように変化していく、母親の口元だけの愛想笑いに。


(22)
多恵の家族がつどった翌週、ミヤが赤ちゃんを抱いてやって来た。後ろからメグ、島、Kくん、Kくんの家族がゾロゾロついてくる。お宮参りで氷川神社の帰りだ。産後の巣立ちも順調でメグ、赤ちゃんともども元気。
プーとジュンが大皿のスパゲティーやパエリヤ、ピザなどを運ぶ。中華風に小皿を用意してメグとKくんが小分けしている。
「あとは勝手に自分で取ってね・・・」
ミヤは赤ちゃんを抱っこしたまま口で指示している。
それを見て、Kくんの母親がミヤに代わって赤ちゃんを抱いて
「ミヤさんも食べて・・・」
大学生になったばかりのKくんの妹は
「可愛い、可愛い」
と言って、赤ちゃんの手をもてあそんでいる。年頃の女性にとってはリアルな生き物には違いない。

男ばかりかたまってビールを呑んでいる。島、KくんとKくんの父親のところにマグロのブツが運ばれる。ジョッキーをぶつけ合ってひと口呑むと、Kくんが父親に何か話かけている。島もミヤもこの親子が話しているのを見るのは初めてだ。赤ちゃんをあやしながら立ち上がって、母親も話に加わっている。妹も立ち上がってあかちゃんのほほを突っつき、手のひらを開いて指がちゃんと5本あるのを数えて
「小さな爪もついている・・・可愛い・・・」

「お父さん・・・」
Kくんの父親が、そう島に呼びかけているところをみると、島はメグの父親とみなされているようだ。入籍はしていないが寮の部屋に帰るよりミヤのところの方が多いし、仕事もミヤと一緒だから今ではみんな2人を夫婦と思っている。島もミヤもあえて否定はしない。

「春になったら、結婚式を挙げさせたいのよ・・・」
Kくんのお母さんがミヤに言った。
ミヤはお母さんから赤ちゃんを受けとり、メグに結婚式の話を告げると
「・・・お金がない」メグ。
「なんとかなるよ・・・」
Kくんのお父さんが乗り気だった。

父親に、そう言われてKくんも、メグもまんざらではなさそう。
赤ちゃんが生まれて気持ちが変化したようだ。できちゃった婚で、多少感じていたヒケメがなくなり、自信めいたものが芽生えてきたようだ。今まで引きこもりがちだったKくんも「ミラノ」で働きはじめてから社交性がでてきたのか、女房や生まれた赤ちゃんを披露したい気になっているようだ。もちろん、メグもウェディングドレスは着てみたい。

「氷川神社で挙式して、ここ(ミラノ)で披露宴をすれば、そんなにお金はかからないと思うよ」島。
「早めに予約を入れておいた方がいいよ・・・神社に」
すっかりその気になっているKくんのお父さんが言うと
「私たちが付いて行ってあげるから、早く日取りを決めて。いい日は1年も前から予約で埋まっているんですって」
本人たちよりKくんの両親の方がかなり高揚していた。

そこへ敦子さんがフラッと入って来て、奥の団体客を目にして立ち止まった。白黒させた目が問いかけている。
「何なの・・・?」
プーがあごをしゃくると赤ちゃんを抱いたミヤを見つけてツカツカと歩み寄り、可愛いわね、とは言わず
「お婆ちゃんになったのね・・・」
何がそんなに嬉しいのか、ミヤはなにを言われてもニコニコしている。
「先ほどの話、聞こえたわよ。氷川神社には私の知り合いがいるの・・・話してあげましょうか?」敦子。
「お願いします」と、言って立ち上がったKくんのお母さんは敦子さんのもとに歩み寄った。なにやら2人が相談しているところへKくんのお父さんも首を突っ込む。

敦子さんはメグたちの挙式の相談に来たのではなく、山ちゃんの7回忌の後の食事会を「ミラノ」ですることだった。お寺さんで法要を済ませたら近所の料亭や老舗のお店で食事をするのが慣わしだが、今回は山ちゃん(亭主)のかつての店だった「ミラノ」でやりたい。それで、日時や料理や料金など、プーとヒロダンに相談に来たのだった。
敦子さんが帰ろうとすると、Kくんの両親が追いかけてきて
「よろしくお願いします」
と、2人そろってお辞儀をした。


(23)
毎年、12月23日の祝日はクリスマスコンサート。
「ミラノ」での初めてのコンサートがクリスマスコンサートで、その翌日、山ちゃんが亡くなった。だから、仲間のうちでは恒例のコンサートが言わずもがなの追悼記念日。初回は平さんのピアノとベースとボーカルのマキさん夫婦だけだったが、今ではドラムが入り、増田さんのギターや増田さんの娘のフルートも参加したりする。

そうだ、そろそろクリスマスコンサートの準備をしなくちゃ、プーは頭の中の絵をなぞって確認した。Kくんが作ってくれたチラシは配布されているし、チケットも順調に売れている。例年のごとく10日前には完売するだろう。
プーは朝食のあとのコーヒーを飲みながら新聞を手にして、北岡さんが来てくれたら飛び入りで1曲弾いてもらおうかな、などとあれこれ思いめぐらしていると、多恵が洗い物をしながら振り向いて言った。
「弟からメールがきていたわ・・・」
「なんて・・・」
「昨日の食事会が楽しかったので、あなたにお礼を言っておいてくれ、だって。お母さんも喜んでいたって・・・」
プーは、とっさに映画の「寅さん」の口調をまねて返事をしていた。
「そう・・・それはよかった」

ものまねは伝わらなかったみたいだが、多恵が賠償千恵子の「さくら」にみえた。

「あのね、プー(寅)さん。元旦に家に来ないか?って、弟が・・・」
多恵がコーヒーカップを手にしたまま言った。
「昨日みたいに、みんなで集まろうって・・・」
大晦日は平さんのところの「月」でオールナイトジャムセッションがある。2日から「ミラノ」の正月営業だ。3日は、お祭りみたいに忙しい喜多院のだるま市。プーはぼんやりした頭で予定を順番に並べた。元旦だけが空いている。

「たぶん昼まで寝ているから、それからでもいいかな・・・」
「ええ、遅くてもいいと思います。暗くなる前なら・・・」
嬉しそうでもなく、かといって億劫なふうでもなく
「じゃあ、行くとするか・・・」



                     嘘日記 その10 「元旦」 おわり

                     これにて「嘘日記1〜10」完了しました。
                              (これはフィクションです)



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