その3   (2011年4月末記) 「ポックリさん」


(1
「……もうすぐ桜が咲くから、オヤジの墓参りに行って、花見しょう」兄。
 実家の墓がある堺丘陵公園墓地で花見とはシュール。


 喜多院の桜は5分咲きだった。春めいたお彼岸の後、雨に降られ、花冷え。みや(都)が、朝はやく場所とりをしてくれたおかげで、なかでも一番早咲きの枝垂れ桜の下を確保。12時集合。各自、弁当、飲み物持参。プーが顔を出したときにはすでに、みやの家族、ギー(桜木)さん夫婦、新しいパートのヒロさん夫婦が座り込んで話していた。

 初対面のギーの奥さん、ヒロさんのご主人に挨拶する。それぞれのパートナーを拝見すると、いままで見えなかった当人の背中が見えたような気がした。別に驚くほどのことはないが、隠れていた背景があらわになって人物が立体的になったような。ギーやヒロさん個人だけより夫婦単位のほうが本人の性格などがわかりやすい。
 ギーの奥さんは小学校の先生。控えめながら誰とでも話している。板前で言葉数の少ないギーとはタイプが違う。ヒロさん夫婦は兄妹のように似たもの夫婦。それから、安ちゃんと敦子さん。

 5分咲きにもかかわらず、境内の目ぼしい場所は陣取られ、花見客でにぎわっている。みんなこの日曜日が見ごろと読んで予定を組んだようで、1週間はやまった、と言いながら花を覗きこんでいる。それもいっときで、飲み食いとオシャベリが始まると桜は眼中にない。各自の家庭料理やスーパーやコンビニの惣菜や弁当が真ん中に広げられ、お酒が入ると話しがはずむ。
「この煮物、うまい……誰が作ったの?」
 敦子さんが胸の前で右手のひらを開いた。

 山ちゃんの納骨も済み、ひととうり一連の儀式も終わり、敦子さんの表情もほどけ久しぶりに笑顔がみえる。安ちゃんが、相続やお寺さんのことなど、いろいろ相談にのったようだ。

 みやは長女のメグと次女の和(かず)を連れてきていた。メグはすでに、月曜から金曜まで働いている。高校生の和もときど手伝っている。みやは「銀」を円満退職して、家族3人で「ミラノ」を支えている。
 ギーは、どちらかといえば無口な方だが、奥さんは職業柄、話し上手で、またこれが長い。ヒロさんは「ミラノ」でつとめ始めて2ヶ月余り。朝6時に店に入り、みやと店をきりもりしている。帰る頃、定年退職したご主人が迎えに来て、一緒に散歩したり、買い物したり、たまにはランチしたりしている。仲が良さそう。

 コンビニで待ち合わせして、ナオとジュンがやってきたときは宴会が始まっていた。顔見知りになっているメグと和の席にわりこみ
「待ち合わせに来ないもんだから、オッスにメールを入れたら、まだ寝てたよ」
「あいつ、どんな生活してんねん。12時まで寝てるなんて」
 つい大阪弁になってしまう、ナオ。新潟出身なのに。
「たまには私も、昼まで寝てみたいわ」
 メグは和を見てから、視線を母のみやに送る。
「病気でもしないと朝寝は無理。むりむり……」和。

 日曜日のお昼時、川越喜多院の境内はのどか。都内の夜桜とは対照的で、サラリーマンの団体がいないので、酔っ払いも少なく、馬鹿さわぎも目につかない。家族、子供、友人、サークルなどの集まりが多いようで、子供と子犬がかけっこしている。のんびり、ほのぼのとした花見。これで、もう少し暖かければ、いうことはないのだが、座ったお尻が冷たい。

「ゴールデンウィーク、店、やるんだって?」安。
「このまえ、安ちゃんのところの経理の人が来て、店の数字を説明してくれたから皆わかってると思うけど。やらな、しゃーない」
 花見の席で仕事の話をするのは場違いだが、気楽にみんなの意見を聞きたかった。去年まで敦子さんたちは「ミラノ」を休みにして海外旅行に行っていた。でも経営が自分たちになり、赤字を解消しなければならない。背に腹はかえられない。
「とにかく、店が軌道にのるまで、がんばろうや」
 ギーにしては、めずらしく気合の入ったお言葉。
「ゴールデンウィークは、時間を短縮してやろうと思っている。朝7時からやってもたいして入らないだろうから10時から。夜は従来どうり9時まで」

 風が冷たくなったので、みんなが立ち上がり、あとかたづけを始めたころ、オッスが現れる。
「オッス、オッス、オッス」みんなに挨拶してから
「ゴメン……今そこでフルート吹いている娘がいたよ。ひげをはやしたオジサンと。遅れたついでに聴いていたら、うまかった。ボサノバみたいな感じ」
 帰りがけ、みんなでそのデュオを立ち聴きした。
 オジサンと若い娘、ギターとフルート。どんどん人だかりが増えてくる。

 若者たちはカラオケボックスに行ってしまう。ヒロさん夫婦は散歩がてら、デパートに寄る。安ちゃんと敦子さんは「ミラノ」でコーヒーだけ飲んで、すぐ引き上げる。結局、プー、ギー、みやの3人でゴールデンウィークのあらましを決める。
「なんとかなりそうだね。みやちゃん、今からみんなの予定を聞いてゴールデンウィークのシフトを作っておいて」
「あいよっ、いつもより人手を減らすからね。で、どうしても足りない日は、プーさんで埋めるから」


(2)
 竹本の見舞いに行ってきた。
 安ちゃんから、だいたいの様子は聞いていたけど、思っていた以上に重症。プーのことを認めて、話せないのに話そうとするから、むせてしまう。その繰り返し。
 表情がないのに苛立ちと悲しみがうかがえる。母親を見つめる生後まもない赤ちゃんのように、両手足も動かない。プーの話しかけに、まぶたをけいれんさせることのみで返答しているようだ。だから、プーが、ずぅっーとひとりで喋っていることになる。話しがとぎれると、なんだか竹本のキッと見開いた両目が怒っているようで、とにかく、想い浮かぶことを次から次へと話しつづける。
 ときどき、竹本のまぶたがけいれんする。娘さんの話しをすると、激しくけいれんするが、プーが竹本さんから借りている部屋の話には、反応しない。

「仕事場で倒れたこともあるけど、病院との交渉は全部、会社がやっている。身の回りの世話も会社の人間がやっているようだ。唯一の身寄りの娘さんは、積極的に動かない」
 会社の担当者と娘さんとの間に入って、さまざまな書類をそろえたり、病気治療の判断をしたり、竹本の郷里に連絡したり、安ちゃんが相談にのっている。
 それでも娘さんには感謝の気持ちがないらしい。

 竹本の見舞いの帰りに「月」に顔をだした。時間が早かったせいか、客はいない。平さんはピアノの練習をしていた。1曲終えてから生ビールとポテトフライを出して、またピアノにもどった。
 病院からの道すがら、沈んだ気持ちをもてあましていた。まっすぐ自分の部屋(竹本から借りている)に帰りたくないし、かといって「ミラノ」にも寄りたくない。平さんの所でワンクッションいれて、気持ちの整理をしたい、ビールも飲みたい。
「くも膜下になった知人の見舞いに行ってきたんだけど……気が滅入るね」
「ああ……れいの、あの人ね。わたしの友人にも脳梗塞になって、半身不随でリハビリしているのがいるけど、他人事じゃないよね」
「平さんは大丈夫でしょう。煙草は吸わない、お酒はあまりやらない、賭け事はしない。女遊びはもうできない。不摂生していないから」
「なんかひとつ、余計なこと言いましたね。でも長生きすればいい、というもんでもないし。女房のお母さんが、5年間入退院を繰り返し、5年寝たきりで、95歳で大往生しましたけどね、それはもうたいへん、兄弟喧嘩の元ですね」

「オイラ、東京に出てきてたし、兄夫婦と近所の姉夫婦がめんどうみてたから……その当時はなんとも思わなかったけど、無責任だよね、親のめんどう、なーんにもみてないんだから。あとで聞かされたんだけど、兄と姉の間でいろいろ揉め事があったみたい」
「いま、長生きすることが、いいことだ、という風潮があるでしょう。わたしはね、そうでもないと思うんですよ。だから自分が寝たきりになったら、薬漬けにしないで老衰死にしてほしい。そのためにはね、やはり、安楽死の法律を作らないといけない、と考えているんですがね。難しいでしょうね、日本では」平。
「まず、考え方の進んでるプロテスタントの国でできて10年ぐらいしてから……まぁ、あと20年以上かかるんじゃないの。それまでは、ポックリ教を設立して、寝たきりになったらポックリ逝くこと」プー。
「作りますか?ポックリ教」平。
「作りましょう。で、どうすればいいの?」
「まず、教主を決めないと」
「教主?」
「それに、経典をつくらないと」
「経典?」
「それから、礼拝堂がいるね」
「礼拝堂?」
「あと、なんか、いろいろ必要。新興宗教を作るには。でも、そう難しくはないはずだよ、だって日本には何万もの新興宗教が冶自体に認められ登録されているよ。信仰活動は無税だから、新興宗教の登録をしておいて、そこを隠れ蓑にして節税脱税もろもろケシカランことをしている企業があるくらい」
「平さんが教主で、ここが礼拝堂ということで、申請してみれば、節税できるし」
「教主はかんべんして。この店は赤字だから、節税できないの。経典はどうする?」
「寝たきりになったら、ポックリ逝くこと、でいいんじゃないの。それからボケたときも」
「それだけ?えらく簡単だね。それじゃぁ、申請しても……」
「とりあえず申請してみて、不備なところを教えてもらえばいい。5回ぐらい通えば、それなりに体裁は整うよ」
「マジかよ?」
「名前はポックリ教にしよう。信徒はオイラと平さん」
「プーさん、ちょっと過激だね。時代のかなり先をいっている。この話は2人だけの秘密にしておいて」


 平さんと秘密結社(ポックリ教)を立ち上げた後、意外ないい知らせをもらった。
 その昔、ジャズシーンの第一線で活躍していたギターリストの増田さんが、ひょっこり現れましてね、新作CDを置いていったよ。売れなくてもいいから、とりあえず置いて、だって。なんでも、この近所に住んでるらしく、また顔を出すって。
 演奏場所を探しているようだったので「ミラノ」をすすめておいた、ここはちょっと狭いのでね。そのうち、プーさんの所に行くと思うので、相談にのってあげて……。
 われわれみたいにノーギャラというわにはいかないまでも、新作CDのプロモーションということで
安くしてもらえると思うよ。年配のジャズ好きなら、たいてい増田さんの名前は知ってるはずだから、ちょっとぐらい高くてもいい客がくるよ。
 これ聴いてみて……
 増田さんの新作CDをよこした。
 ポックリさんのことは、うちのカーチャンには内緒ね、あいつ冗談が通じないから。


 この部屋に引っ越してきて、はや1年。
 当時のことを想いおこすと、ずいぶん昔のようでもあり、ついこの間のようでもある。とにかく、山ちゃんに紹介してもらい、この竹本の市営住宅に転がりこんだときは、どん底だった。ウツぎみで、閉じこもりがちで、暗く、実にみじめだった。
 それから、敦子さんに声をかけてもらい「ミラノ」で手伝いはじめ、みんなにバカにされ嘲笑され、虚栄をなくした。それが、よかった。

 その山ちゃんがガンで死に、竹本がくも膜下で倒れた。明日、自分が脳梗塞で倒れても、なんの不思議もない。そのときは、へたに救急車なんか呼ばないで、わざとそのまま逝くのがポックリ教信の掟。冗談のような、本気のような、倒れたおのが姿を想いうかべ、増田さんのCDを聴きながら、ソファーに寝転がってぼんやりしている。
 こんな時間が好きだ。
 音楽を聴くともなくききながら、身を投げ出して、ぼーっとしている。
 湖に浮かぶ死体のように。

 増田さんのCDというより、新人ジャズボーカリスト、ニニのデビューアルバムだった。増田さんがプロデュース、アレンジ、バックバンドのリーダーをつとめている。彼が全部めんどうをみてニニをデビューさせた格好だ。さすがに、うまい。平さんたちとは、違う。


(3)
「プーさん、次の日曜日、ここで20人ぐらいでランチしたいんだって……」
 みやが常連の北岡さんの話をプーに伝える。
「人手さえそろえば、やってやれないことはないけど…ギーさんがいないと、きついなー」
「ギーさんにたのんでみてぇ。ギーさんが出られるんなら、うちの娘のどちらか入れるから。そしたら4人でできるでしょ」
「うん、たのんでみるけど……ギーさん府中に行くんじゃないかな」
「なに言ってるの、競馬やってる場合じゃないでしょ。今、携帯でも馬券買えるから、なにも府中まで出かけることなでしょう」
「唯一の楽しみだからね。最近、パチンコもマージャンもやってないようだし。たのんでみるけど、ダメだったら、おれとみやちゃんが中やって、外はバイト3人で」
「だめよー、ギーさんがいないと」

 北岡さんの小学校3年生になる男の子がジュニアーサッカーを始めた。この春できたばかりのクラブ。次の日曜日、練習のあと、関係者と父兄が「ミラノ」でランチをすることになった。

 プーが思っているほど、競馬にはまってるわけでもないようだ。週に1度、日曜日に府中か中山に出かけるのもピクニックのようなものだ。夕飯の残りの自家製弁当とお茶とスポーツ新聞を
持って電車に揺られている時が楽しい。
「20人がばらばらにランチをたのむと、めんどうでロスが出るので、バイキングにしてもらいたい。
予算と食べたい物を言ってもらえれば、こちらで用意します」
 このところ、ギーはやる気になっている。


(4)
「竹本を見舞ってから、娘さんにも会ってきたよ。ちょうど竹、リハビリやっていた。引きつった腕や脚を若い大きな男性に引っ張ってもらっていた。言葉が出ないので、表情が「痛い、痛い」になっていた。
 リハビリの先生に勧められてわたしも竹の腕を引っ張ってみたが、脇が締まってぜんぜん伸びない。ものすごい力。ひきつけをおこしてるみたい。先生の話では、根気よくリハビリを続ければ、車椅子生活ぐらいにはなれると思う。本人の努力しだいだけど、とのことだった」」

「とてもいい先生なのに、竹、もうすぐ他の病院に転院しなければならないらしい。3ヶ月経つと出なければならない決まりがあるんだと。
 それで、次の病院を決める相談を奴の娘としてきた。そのとき、プーさんの引越しの話も出たよ。竹があの状態だから、もう市営住宅には戻れない。そのうち、市から立ち退きの通達がくるだろうから、その前に届けを出したほうがいい」
 安ちゃんのアドバイスで7月末までに引っ越すことになった。立ち退き料の代わりとして、それまで家賃は振り込まなくていいことになった。

 これでまた部屋さがしだ。めんどうというより、カネがない。2ヶ月家賃免除の立ち退き料では引越しできない。困ったと、安ちゃんに泣きつくと
「ミラノの寮ということで、まぁ、事務所と倉庫もかねて……経費で落とすかぁ」
「俺の部屋が事務所といってもねぇ」プー。
「とりあえず、机とパソコンを置いとけばいいでしょう、書類と」
「倉庫は」
「店のガラクタで捨てるにすてれないもの、2、3個、押入れに突っ込んどいて。でもこの件は、一応みんなの了解がいるね」
「出費のチェックは全部みやちゃんがやってるから、彼女のOKが出ないと、引越しできない」
「プーさんの給料、当分10万に据え置くことにしたら、20万貰ってるみやちゃんも分かってくれるでしょう」
「……そうそう、借り入れのための申請書類、もう1枚持ってくるように言われてるんだ。店の賃貸契約書。それで、資本金とか役員とか総会とか、いろいろ聞かれそうなんだよ。安ちゃん一緒に行ってよ、役員なんだから」

 いつもは定休日の日曜日、北岡さん達の食事会をやっていると、何組もの客が入って来た。貸切とは知らず「あらそう」と残念そうに帰っていく。常連さんは、コーヒーぐらいいいだろう、と飲んでいく。川島さんもそのくちで
「なにか食べさせてよ。ダメなの?じゃあ、コーヒーだけでいいや」
「もうすぐ終わるから、残り物のまかない、一緒に食べていけば」
 さいきん川嶋さんにやさしい、みやみや。
 20人の会食にしては、スムーズに運んだのは、北岡さんが仕切っていたのと、世話好きのオバサンがいてバイキングの世話をやいてくれたから。
 まだ、みなさん初対面の人が多いらしく、遠慮がちだった。全員の簡単な自己紹介のあと、会長が挨拶して、ジュニアーサッカーの趣旨と展望を話した。なんだか、校長先生のような話し方だった。でも、大学ではサッカー選手で、社会人でもそこそこ活躍したらしい。

 コーヒーだけ飲んで帰ったウラさんは
「日曜日、やってくれるんだったら、草野球の打ち上げ、ここでやろうかな」
 みやは手もみしながら、費用、料理、時間など説明している。
 ゲットしそう。それを聞いていた川島さん
「いっそのこと、日曜日も営業すればいいじゃない」


 寝転がって、増田さんのCDを聴いていると、1年前の自分にもどったような気になる。あの頃は、図書館から、よくマイルスやコルトレーンを借りてきてパソコンに入れて聴いていた。プーは音楽を聴きながら、ぼーっとするのが好きだ。
 失業したことをいいことに、保険をもらって毎日ダラダラ暮らしていた。家を追い出され、ひとり住まいになったので、明け方に寝て、昼ごろ起き出しても誰も文句を言う人がいない。これは自由だ、と思ったね。
 何を食べても、食べなくても、小言のひとつも聞こえてこない。圧迫してくる人がそばにいないと助かる。心の平静をたもてる。
 仕事は楽しいか?会社を辞めたとき、仕事はつまらなく、職場はひんやり冷たくとげとげしかった。できることなら、もう仕事はしたくないと思った。このままブラブラすごしたいが、失業保険は半年で切れる。年金が入るまでは、あと5年。

 敦子さんに誘われて「ミラノ」を手伝うようになって、仕事もまんざらではないな、と思った。自分の部屋で、かごの中のハムスターのように同じ所をぐるぐる回っているより、店で仲間や客と話してる方が気がまぎれる。
 山ちゃんが入院してから、朝から晩まで、毎日12時間も働くようになると、クタクタになって、自分のことや小難しいことなど考える暇もなく、眠ってしまう。


(5)
 川島さんと教主代理の平さんのもと「月」へ。
「川島さん、タクシーの仕事、楽しい?」プー。
「なんだよ、いきなり。べつに楽しいってわけじゃないけど、気楽だね。車にのってしまえば1日どこで何をしようと勝手だからね。もちろん歩合制だから売り上げが少ないと実入りも少ない。会社から車を借りて商売をしている個人自営業だね」
「最近、ちょっと、仕事が面白くなってきたんだけどね。毎日12時間も働くと、疲れるね、グッタリだよ」
「歳だねぇー、オレなんか24時間勤務だけど、大丈夫。あと24時間休みだからね。
 変則だけど、2回出て1回休み。それに体調がわるいと無理せず、休む」
「平さんは仕事、楽しい?」プー。
「この仕事は楽しいね。だれにも命令されないし、効率とか利益とか、あまり考えないからね。好きでやっているのがいいんだね」

「職人さんって、けっこうそうだよね。気分しだいで、好きなときにすきなだけ仕事をして、客に文句を言わせない。腕はいいけど気難しい、そんな職人は減ってしまった」プー。
「これからも職人はどんどん減っていくよ。職人の腕を買う客がいなくなったんだよね。会社が客のクレームを怖がるようになり、従業員より客の意見を尊重するようになって……オレなんかも客とは余計な話はしないんだ。いつどんなことでクレームを入れられるか分からないから。今、携帯やメールでいっぱつなんだから。会社は運転手の話なんて聞かないからね。始末書だよ、いやんなっちゃうよ」

「今は客をヨイショしないと商売にならないんだよね」プー。
「そうか、だからうちが暇なんだ」平。
「ここは、平さんの趣味、道楽みたいなもんだから、そら、楽しいよ。儲けなくてもいいんだから、ヨイショしなくていいし。……ところでポックリ教の教祖は誰?」プー。
「プーさんが言い出しっぺだから、プーさんでいいんじゃないの」平。
「プーさんじゃあねぇ、なんかさまにならないね。もっとエキセントリックな女性がいいんじゃない」島。
「大本教や天理教みたいに女性を教祖に……」プー。
「みやちゃん、どう?」島。
「ちょっと感じが違うな。若いし、娘2人いるし。切れてるというかプッツンしている女性がいいな」プー。
「ママ、どう?」島。
「歳だよ、教祖って感じじゃないな。仲間、信者だね。ママね、最近もの忘れがひどいんだって。カラオケ教室でたのまれたCDをかけようとして2、3歩あるいたら、曲名を忘れて思い出せないんだって」プー。
「ママはひとり住まいだよね。息子は池袋にいるらしいけど、借金の取立てやってると云うじゃない。ろくなもんじゃないね。このままボケるとどうなるの?ポックリ教にさそったら」島。
「ママを信者と云うか仲間にさそうにしても、冗談も通じないだろうからポックリ教の看板は裏にしまっておいて、表むきさしさわりのない名前にしましょうよ、うちの女房にもね。」平。
「仕事を楽しみながら、老後を考えよう会」
「ボケる前に逝く会」
「ピンピンポックリ会」
「そう言えば……小さんが亡くなったとき、前夜までピンピンしてたんだって。晩酌して好物のカツ丼をたいらげて、床についたらぐっすり眠りについて、そのままあの世ヘ、冥土の旅、らしい」平。
「お見事」
「教祖が決まったようで」
「小さん」


 ジュニアーサッカークラブの食事会の翌週、ウラさんの草野球チームの試合後の打ち上げがあった。20歳から60過ぎのオヤジまで、むさくるしいユニホーム姿の野郎ども13人と、そのお連れさん5人。ウラさんは監督の手伝いをしながら、スコアーブックをつけたりビデオを撮ったり。たまにピンチヒッターで打たせてもらったりしているようだ。
 まだ、12打数ノーヒット4ホアーボール。
 みんなから、からかわれながらも嬉しそうに世話をやいている。60歳の定年をむかえたばかりの
ウラさんは、みんなの成績をパソコンに打ち込んだり、ビデオを編集したりして、重宝がられている。監督はその労をねぎらうかのように、勝ち負けに関係ない場面でピンチヒッターに指名したり、代走に出したりしているようだ。
 勝っても負けても試合と同じくらい打ち上げが楽しいそうだから、それほど強くはなさそう。でも、お酒は強い。ビールをたくさん飲んでくれたおかげで、売り上げになった。


 若い娘と昼食を終えてから名乗り出てきて、プーと挨拶をかわした。
 なんと、花見のときのギターとフルートだった。増田さんは、誤解のないように自分の娘を紹介しながら「ミラノ」でライブをやりたいと申し出た。
 その前に「月」の平らさんの推薦があったこと、新作CDの宣伝をしたいこと、近所に住んでいるので知人に聴いてもらいたいことなどを話した。
「花見のとき、聴きましたよ、ちらっと。さくらの木の下で、親子でやってましたね」
 娘が恥ずかしそうにうつむいている。
「あれを見たの?聴いたのですか、それは困った」
 増田さんは娘と目を合わせ、ふたりで笑っている。
「こいつ、1曲吹き終えるのに10回以上間違えるんですよ、それをカバーできるのは私しかいない、ねぇ」
 娘さんは笑いながらうなずいている。それから、父親の背中をぶった。
「もちろん、ライブのときはプロの仲間、ベースとドラムを連れてきます、ボーカルの二二と。こいつは吹きませんから、安心してください。当日は雑用係のボーヤです、オンナですけど、ふふ。」
 増田さんはニューヨークでやっていたわりには偉ぶったところがない、はっきりした人だった。

 さっそく、ギーとみやとゴールデンウイークに増田さんのライブができるかどうか、話しあった。なにしろ、あと1ヶ月たらずしかない。
「宣伝する日にちがたらん」
「ギャラ払って、足でるんじゃないの」
「やれるのはやれるけど、何人、客が入るかやね」ギー。
「赤字になってまで、やることないんじゃない」みや。
「増田さんのファンや知人は何人来るの?」ギー。
「10人ぐらい」プー。
「敦子さんと安ちゃんの会社関係で5人、ママのところと平さんのところで5人、この店で10人。一応30人はかたい」ギー。
「ゴールデンウイークはみんな旅行に行ったりするから、計算どうりにはイカンよ」みや。
「まぁ、足し算だけじゃなく引き算もせな、あかんな」プー。
「でも、すぐチラシを作ってDMうって、ホームページとブログにのせて、あっちこっち宣伝すれば、まだまだプラスアルファーあるよ」ギー。
「ギーさん、えらく乗り気やね。なんでやのん?」みや。
「どっちみちゴールデンウイークは暇だと思うんだよね。やらないよりはまし、という程度で。いままで長年、山ちゃんたちは店閉めて海外旅行に行ってたんだからね、ゴールデンウイークは。お客さんだって「ミラノ」は連休と思うのも無理ないよね。だから、そこで1発ドーンとアドバルーンをあげて、1流ミュージシャンのライブをやります。今年はゴールデンウイークも営業します。増田さんのライブコンサートをよろしく、と宣伝するのよ。そしたら一石二鳥じゃない」ギー。
「プラスマイナスいろいろあるけど、いくら売り上げがあればいいわけ?」みや。
「10万」プー。
「人件費、仕入れ、ギャラ、光熱費、消耗品…ほんと、10万かかるはね。客数30人だと入場料
3500円、1ドリンク食事つき」みや。
「さすが、経理部長、計算が早いね、利益が入ってないけど。プーさん、早く増田さんのライブのチラシとゴールデンウイークの営業案内のポスター作ってよ」ギー。
「了解、これからオッスに頼んでみる。あいつ意外とパソコン得意なんだよ」

 はじめから増田さんのライブをやるつもりでいた。
 平さんに借りた増田さんのCDをなんども聴いているうちに、彼の音楽が好きになっていた。口には出さなかったけど、赤字でも増田さんのライブをやるつもりでいたので、願ったり、かなったり。幸運があっちから転がりこんできた気がした。

 さっそくオッスを呼び出して「月」でチラシの打ち合わせをする。初めてこの店に来たオッスは、平さんと挨拶をかわしてから店内をぐるぐる見わたしている。
「あっ、この人、見たことある」
 オッスが指さした写真は「小さん」だった。
 いつの間に。着物姿で話してる写真はタヌキ…教祖。以前そこにはビル・エバンスの、いまにも鍵盤に倒れこみそうな写真が飾ってあったはず。

 にやにやしながら、写真に目をやった平さん
「冗談、ジョーダン」
「おかげさんで、増田さんのライブ、決まりましたよ」
「あっ、それはよかった。いつ?」
「ゴールデンウイークの最後、5月10日。これから彼女にチラシを作ってもらうので、ここにも置かせて」
「いいよ、増田さんのCDと一緒に宣伝します。たぶん、2、3人の客を連れて行けると思う。人数が決まりしだいメールいれます」
 平さんが気をきかせて増田さんの曲を流してくれる。自分の部屋で聴く音とずいぶん違う。
「この人が花見のとき弾いていた増田さんだよ」
 プーはCDカバーを見せた。オッスは手にとって
「この写真、チラシに使おうかしら?」
「いいんじゃない、増田さんとニニがきれいに撮れている。あなたが、花見のとき、増田さん親子を
発見したんだって?」平。
「オッス」

 履歴書には、吉本小百合とあったが、1度もそう呼んだことがない。アルバイトの面接のとき、プーが2、3たづねると「オッス」と返事した。
 ふつうは「はい、そうです」と答えるところだ。
「大学のサークルは応援団にでもはいっているのですか?」
 と、プーが聞くと、小さく首を横に振った。
「じゃあ、高校のとき……」
 赤ちゃんのような餅肌に紅がさし、みるみる桃色にひろがっていく。スッピンほほ。スレッカラシの多い今どきの大学生にしては、めずらしく初心。ポッチャリした体、ふくよかな顔。はにかんだ小さな口元から、あまりにも不似合いな体育会系のシュールなお返事。
その場であだ名を決めた。
「オッス」


(6)
 もうゴールデンウイークにはいっていたが、会議というほどでもない収支報告会を開いた。みやちゃんの娘ふたりとナオ以外、従業員はみんな顔を出した。詳しくは安ちゃんが海外旅行から帰ってからにして、4月だけの数字を並べてみた。
 朝の売り上げがけっこうあった。ランチタイムと夜、ティータイムを入れると、約200万。日曜日のサッカーと野球の打ち上げで10万、最終的に210万ぐらい。
 そこから、人件費、仕入れ代、家賃、光熱費、消耗品、リース代、その他雑費の合計が、なんとほぼ210万。
 みやの発案で朝7時開店にしたので、赤字がでなかったものの、利益もでなかった。でもまぁ、以前の「ミラノ」に比べると売り上げは倍増している。もちろん、経費もそれなりに増えているけど、なんとかなるんじゃないの……。

「5月は連休で月の半分が土日祝日だから、売り上げないわよ」みや。
「ミラノ」の立地条件は土日祭日がダメ。だから、山ちゃんたちは店を閉めていたが、これからはそんなわけにはいかない。
「日曜日、やってもいいよ」ギー。
「日曜日の小さな旅はいいの?中山、府中の」みや。
「このまえ、川島さんに言われたんだ。日曜日もやればいいじゃないかって。ジュニアーサッカーの食事会のとき、ちょうど川島さんがいて、草野球の打ち上げの話も聞いていたんだって」ギー。
「このメンバーで毎週日曜日営業できるかしら。みんな日曜日は休みたいんじゃない?」みや。
「毎週でるのはきついけど、学生のアルバイトが5人いるから、交替でふたりづつなら出れると思うけど」ジュン。
「利益が出るんならやってもいいけど」みや。
「やるにしても、月1回は全員で休める,店休がほしいね」プー。
「じゃぁ、とりあえず、日曜日でも予約の入った団体はやろう。このまえのサッカーにしても野球にしても4、5万の売り上げになったからね。これからもっと宣伝して、飲み会、打ち上げ、歓送迎会宴会、パーティー、なんでもいいから団体予約をとろう」ギー。
「プーさんが団体予約の案内の原稿を書いてくれたら、私がホームページに書き込むし、メニューにもパッチングします」オッス。
「わかった。どんどん団体予約をとろう。日曜営業の話はその後だな」プー。
「ジュニアーサッカーも草野球も月いちぐらいで『ミラノ』をつかってくれそうよ」みや。

 やはり、ゴールデンウイークの客の入りはいまいちだった。
 平日の6割ぐらい。朝の開店を10時に遅らしたこともあるけれど、人出がない。蔵造りの街並み、喜多院など観光ルートや駅前はにぎわってるが「ミラノ」の近辺は閑散としている。ほとんどの個人商店はシャッターを下ろしている。

 手持ち無沙汰で意気消沈ぎみのゴールデンウイークだったが、最後に救いというかねぎらいというか、すてきなプレゼントがあった。
「増田さんのライブ、すばらしかったねぇ」安。
「平さんには悪いけど、レベルが違う」みや。
「レコーディングのメンバーそのままだった。すばらしい音楽を聴いて癒されて元気がでてきたよ」プー。
「また聴きたいね」安。
「へへぇ、ちゃんと次の約束しましたよ、日にちは未定だけど、秋」
「めずらしいこともあるものね、プーさんにしては早すぎるぅ」みや。
「あの音楽を聴いたら、なにも考えないで次の依頼をしていたよ」


「ところで、総会のときに話題になった株主優待券は出したほうがいいね、どっちみち配当が出ないんだから」安。
「それなら、従業員割引、家族や知人も使える券も出して欲しい」みや。
「いいんじゃないの、売り上げアップにつながると思う」ギー。
「それから、ミラノの会員を募って、会費を払ったメンバーには1割OFFなどの特典をあたえれば、固定客や団体客をつかみやすいと思うんだけど」安。
「会費はいくらなの?」みや。
「それはこれから……メンバーの特典もみんなでアイデアをだして」安。
「株主優待券と従業員割引はすぐやってもいいけど、メンバー制の件は、会費や特典をもうすこし煮詰めてから」プー。
「日曜営業はどうするの?」みや。
「団体予約がはいってればやるけど。なければ、やめておこう。このゴールデンウィークをみても、無理だね」プー。

 安ちゃんたちと別れて、川島さんをさそって「月」に向かった。
「あれだね、ギーさん、やる気になってるね。日曜日、やってもいいなんて」島。
「板前さんだけに、職人気質だね。気ままにやられると困るけど、まかせてしまえば仕事はていねいだね。で、厨房のことは、ギーさんに丸投げ」プー。
「だからあいつ、張り切ってるんだ。楽しそうにやってるもんな」
「朝の仕事と経理のことは、みやちゃんがやってる」
「みやちゃんが店長。ギーさんがチーフ。プーさんは何やってるの?」
「まぁ、雑用係だね、それから、ライブ担当にしてもらおうかな」プー。
「おっといけねぇ。プーさん、オーナーだよ、忘れてた。出資金の半分以上だしてるもんな」

「小さん」の写真に礼、かしわ手うって、もういちど礼をする川島さん。いまにも喋りだしそうな「小さん」の写真を見つめながら、ポックリ、ポックリとつぶやいている。
 稲荷神社だったかな、こんこん様といったかな?キツネを拝む小さな社があって、子供のころ、あちこちで見かけた。そうだ、おれたちは、タヌキを拝むポックリさんにしよう。

「ポックリ教の教祖は小さん、聖なる生き物はタヌキ、教主が不在で信者が3人」島。
「まぁ、シャレやから、3人の使徒。7人にまでもっていきたいね」プー。
「そういえば、ママを誘う話はどうなったの」島。
「うん、まだ話してないんだけど、店、休んでるんだよね。ここんとこ」プー。
「増田さんのライブのとき会ったけど、ママ元気そうだったよ」島。
「そうそう、増田さんがね、この場所『月』を借りたいんだって。店の休みの日曜日にギター教室に使いたいらしい」平。

 プーもママのことは気になっていた。風邪でも引いたかな?へたなおせっかいをしてもねぇ……みやちゃんに聞いてみると
「息子の所へでも行ってんじゃないの、死ぬには早すぎる。でも、さいきん物忘れがひどい。つり銭の計算をよく間違える。電卓を使っても間違える。で、お客様にやってもらってる。大丈夫かしら」

 そのうち、川島さんと「銀」に顔をだしてみよう。
 プーにも自覚症状がある。パソコンをやり始めたが、1週間パソコンに触らないと、やり方を忘れている。40年前のことは覚えているのに、4日前のことは覚えられない。
 でも、まぁ、歳とれば、なにも新しいことを覚える必要もないんだよね。いままでに覚えたことを少しづつ忘れながら、脳も体も衰弱して、ほど良いところで、ポックリ。

「あんな演奏されると、まずいなぁー。わたしたち、やりにくいよ。すごいねー増田さんのギター。まいったなー、どうしよう。私たちのライブ、これからもやらせてもらえるの?」平。
「秋に増田さんがやってくれるから、平さん達は夏にやってくださいよ。引き立て役として」
「いいの?引き立て役でもなんでも、嬉しいよ、やれるだけで。
 ぷーさん、『ミラノ』のホームページのスケジュールにでっかく書いておいてよ、増田(g)って。彼の名前だけで10人の客は来ますね、それに宣伝になるし、『ミラノ』の名があがるよ。わたしの名はのせないでいいから」

「今、増田さん、東京とその周辺のライブスポットをプロモーションして回ってる。CDはあまり売れないらしい。昔とちがって、音楽再生ツールで無料で聴けるから、わざわざカネ出してCD買うこともないんだよね。よっぽどのファンでないかぎり買わないよ。
 だから、CD出しても大手でないと、まずペイできない。増田さんはネームバリュウがあるからそんなことはないだろうけど。
 そういう経済事情もあって、東京でギター教室をやっていて、川越の自宅マンションでも教えてるんだけど、狭いから、日曜日ここでもレッスンしたいんだって」
「増田さん、あっちこっちのライブスポットに出て、ツアーもしているのに、教えるひまあるのん?」
「増田さんの教え子の助手が何人かいて、手分けしてやってるみたい。演奏の仕事と重ならないかぎり、増田さんも直接教えるそうだ。そっちの収入は安定しているし、今では演奏しているより実入りもいいらしいよ」


(7)
 ナオとギー。
 どうしたの、ナオ。本なんか読んだりして、悩み事でもあるのかい。あるなら俺に相談してくれよ、本なんか読んでないで。
 ギーさん、悪いけど、読書と悩みは関係ないの。まぁ、暇つぶしね。
 若い娘がそんな陰気くさいこと、やめろよ。暇なら恋愛でもすればいいじゃないか。
 暇つぶしで恋愛…それもいいわね、この小説もそんな感じなのよね。20歳そこそこ学生が暇をもてあまして、退屈のあまり、かつての恋人を思い出したり、ビールを飲むようにその辺の女にチョッカイだしたり……

 面白いのかい?
 おもしろかぁないわよ。古いのよ、1970年代の青春。
 なんかキザったらしいセリフばっかぁ。そうそう昔のアメリカの青春映画のセリフみたいに気のきいたことを言うのよ。そこで笑いをとって、どうだ、俺って、おもしれぇだろうって感じ。
 デニスホッパーがしゃべるんなら、まだ許せるけど、あの顔で言われると、さむイボが足の先から頭のテッペンまでできちゃう。
 あの顔って、どの顔?
 ついつい作者の顔を想いうかべてしまうのよ。

 面食いなんだね、ナオは。それに、ナオは背が高いから小男は嫌だろうね。
 そんなことないよ。だいたい、大男って、気の小さい人が多いのよ。
 何人の大男とお付き合いすれば、それがわかるの?
 嫌な言い方するわね。ギーさんは、ダイジョウブ、さほど高くないから。昔の偉い人って、小さな人が多いような気がするのよ、歴史上の人物とか……
 歴史上の人物の身長がわかるの?
 なんか今日、ひっかかるはね。だいたい分かるわよ、絵みれば、織田信長とか。
 今からみれば、昔の人はみんな小男になるんじゃない?
 俺の学生のときより今の方が5センチ高い。500年前だと……
 妙に理屈っぽいわね、ギーさん。もしかして、私のこと好きなの?でも、理屈では女性は口説けないわよ。
 ありがとう、いいこと教えていただいて。それではナオのこと「好き」ということにしておいて。


 ナオの良いところは、素材としての自分のすばらしさを解っていないこと。それは外見上のことだけど、スリムで腰が高い。170ぐらい。B.バルドー風で目鼻がくっきり派手。にもかかわらず本人はオシャレに無頓着。ときどき朝、顔を洗うのを忘れる、と言っていた。
 スッピンでTシャツにジーンズにスニーカー。周りの男の視線に気づかず、読書の世界に没入して、思い出したように、ときおり前髪をかきあげる風情は学生そのもの。

 私の父は大男だったの、たぶん180以上あったと思う。気はやさしくて力持ち。でも、母が言ってたわ……
 男は身体の大きさじゃない、肝(きも)だって。それに、漫才師みたいにしゃべり過ぎるのもよくないって。
 あと3年もすれば、ナオは国語の教師になっているかもしれないし、六本木をさっそうと歩いて、すれちがう男どもを振り返らせているかもしれない。それは本人にも占い師にも分からない。

 ナオにしろオッスにしろ気安く近づいてきて、無駄口をたたいたり、からかったりしてくれる。「ミラノ」で働くようになってから、女性が自分になれなれしくなったような気がする。いきなり「プーさん、しっかりしなさいよ」なんて、女性客に声をかけられたりする。
 よっぽど、ぼーっとしているか、落ち込んでいるか、たよりなく見えるんだろう。そんなときの女性は母性本能のオーラがあふれているから、できの悪い子ほど可愛い、といった感じになるのかもしれない。見ていると、女性は子供やお年寄りにやさしい。さいきん、プーは急にもてるようになった、と思っていたら、ただたんに老人あつかいされているにすぎない。


(8)
 お腹の中に奇妙な生き物がいる。
 増田さんのライブコンサートの翌日、そいつに気づいた。お腹の中で動き回るわけではなく、じっとしている。みぞおちの右斜め下のところに違和感としてある。ときどき、かすかな痺れをともなって鈍痛がする。
 奇妙な生き物が発する信号だ。そいつは何を訴えているのだろう。
 プーは、おおよそ見当がついていたが、あまり詮索しないでお酒を飲んでごまかしていた。やつは酔ってしまえば忘れてしまうほどの存在だ。気にすることはない、自分自身みたいに陰気な奴だ。飲んで忘れることだ。

 もう、リハビリはやっていないようだが、なぜ、やめてしまったのだろう。国立にいたときは、本人がその気になって努力すれば、車イス生活ぐらいには回復できるみこみはあると言われたし、実際そのように見えたのに、今は植物人間状態で、かろうじて安ちゃんのことが分かるようだが、意思表示ができない。瞳孔を左右に振るだけ。どうやらそれは「NO」という意味らしい。
 帰りの車中で安ちゃんがぽつりと言った、あそこは姨捨て山だね。竹本はモルモットにされている。

 医療が進歩したおかげで、人は皆、長生きするようになった。不治の病の薬が開発されたり、他人の臓器を移植したり、薬づけにしたり。
 今では90歳の人もめずらしくなく「ミラノ」の客のなかにも92歳のおじいちゃんがいる。渡辺のおじいちゃん。毎日のように通ってくれている。食事はしないが、決まった時間にコーヒーを飲みに来る。
 ボケないで歩ければ、長生きもステキだ。が、じっさい渡辺のおじいちゃんのような老人はまれで、90を過ぎれば、そのほとんどの人は介護施設か病院にいる。
 竹本があと半年、長生きしたとしてどういう意味があり、価値があるんだろう。はたして本人はそれを望んで いるのだろうか。

 滅入った気持ちをやわらげるために「月」に寄ったら、ジャズ喫茶なのに、小さんの落語「たぬき」をやっていた。小さんの写真に向かって礼、かしわ手をうってまた礼をした。平さんと2人で黙って終わりまで「たぬき」を聴かせてもらった。
「浮かない顔して、どうしたの……」
「竹本さんの所へ行ってきたんですよ」
「少しは良くなってるの?」
「いや、悪くなってる」
「悪くなってる?」

 そこへ、えりが友達二人つれて入ってきた。
 彼女は、平さんのピアノ伴奏でジャズボーカルの練習をしている。いちどに3人もの若い娘が入ってきたものだから、雰囲気は一変。陰気な空気が消し飛んで、平さんもニコニコ。プーがカウンターの目の前にある「たぬき」の置物を手にして、なにげなくもてあそんでいると……
「それって、プーさんの兄弟?」えり。
 友達2人の視線がまじまじと、プーと「たぬき」を往復、申し合わせたかのように噴出した。

 いつもなら、えりちゃんのレッスンを聴きながら飲んで帰るのだが、さきほど見た、ベッドに両手を縛り付けられた竹本の姿が脳裏から消えない。残像のように見え隠れして、どうも若い娘たちのお相手をする気になれないで帰った。

 部屋で増田さんのCDを流しながら、竹本のことを想った。竹本の娘さんはほとんど病院にみえないが、どうしてなんだろう?
 竹本は、何故、リハビリをやめてしまったのだろう?
 病床で安ちゃんの問いかけに瞳孔を左右に往復させて「NO」と返事しているように思えたが、はたして、何を、何に「NO」と言っているのだろう。

 プーの父は亡くなる1年余りを寝たきりで病院で過ごした。さほどボケてはいなかったが、ほとんど喋らなくなっていた。見舞いに行くと、プーの顔を発見して、ニコッと笑って嬉しそうにしていたが、口をもごもごさせるだけで何も言わなかった。
 言葉にならないようで、自分のパジャマのボタンを執拗にいじくっていた。その動く指だけが別の生き物に見えた。

 増田さんの音楽が終わってるのに気付いたとき、プーは思い出の中にいた。久しぶりに父の映像がよみがえり、それから、山ちゃんが出てきた。プーの部屋さがしのために竹本を紹介してくれた山ちゃんは胃がんで亡くなった。
 入院したとき、すでに末期で、あと3ヶ月の命だった。それは本人にも知らされ、延命治療を断った。しばらくして、学友の牧師から洗礼を受けた。クリスマスの朝、教会で賛美歌を歌い、夜「ミラノ」のコンサートに来てくれて、自分の家で眠りながら逝った。想えば、悪くない旅立ちだ。放射線や最先端の現代医療を施したり、いかがわしい民間治療にたよって余命を2、3ヶ月のばしたところで、なんになろう。
 山ちゃんの斡旋で部屋を貸してくれることになった竹本が、いまや植物人間になっている。病床でベッドのパイプに縛り付けられて、モニターの画面ように何度も瞳孔を左右に流して「NO」……


(9)
 ジュニア(小江戸ジュニアFC)の2回目のランチは10人だった。
 サッカーの指導者と父兄の役員会議。北岡さんから予約が入ったとき、料金の値下げを打診された。2000円から1500円。10人で15000円。
 ギー、みや、ぷー、バイトの4人で、準備からあとかたずけまで5時間はかかるから、延べ20時間労働。
 これでは、人件費も出ない。北岡さんの話では、毎月第3日曜日にランチの会合を「ミラノ」でやりたいとのことだったので、断りづらい。
「10人のために貸切にすることもないでしょう、他の客も入れればいいのよ。」みや。
「そうするよりないね。でもメニューはジュニアーと一緒のバイキングにして……でないと厨房がたいへん」ギー。
「時間はどうする?」プー。
「11時オープン、2時ラストオーダー、3時クローズ。」ギー。
「飲み物だけのお客さんはどうするの?」みや。
「いつもどうりのメニューと値段でいいんじゃない」
「じゃ、食事は1500円のバイキングだけね、解りやすくていいわ」

 プーも練習風景を見たことがある。公園のかたすみで子供たちがボールを蹴って遊んでいた。5歳から10歳ぐらい、女の子もいる。子供が10人、おとなも10人ぐらいいて、初心者ばかりだから、ボールと戯れてる感じ。
 たまたま通りがかって目に入ったので、立ち止まって小高い所から見入ってしまった。小さな子供はお母さんとボールを蹴りあって、手をたたいて叫んで全身で喜んでいる。平和、その情景からそんな言葉が思い浮かんだ。
 おとな達は無給で手伝っているようだ。えらい。ボランティアというのだろうか、日曜日の朝、子供たちのために自分の時間を割いている。プーにはできない。他人のために無償で自分を提供するなんて……眺めているプーを見つけて、北岡さんが手を振った。

 ランチ会合のあとで、北岡さんが
「こんど、毎月、ジュニアの会報を出すことになったの。A4見開きの4ページだけど、ミラノの広告だして。千円でいいわ。裏表紙に運動具店、塾、私のピアノ教室と一緒にのせるから」
 それで、紙とインク代をまかない、各店舗に置いてもらい、宣伝してもらう。ランチを食べながら、そんな作戦も練っている。
 北岡さんたち以外にもバイキングの客が入った。お茶だけの客も。
「日曜と祭日、営業しよう。ランチだけ、バイキングで」ギー。
「これぐらい入ったら、やってもいいわねぇ」みや。


 ママの所へ行ってきたわよ、あれから、ずーっと店しめてるからね。一応、元気そうなんだけど、店はもうやりたくないんだって。理由を訊いても、はっきり答えないのよ。どうも、お金の計算が思うようにできないらしいの。あの、しっかり者がね。
 お客さんに電卓を渡して計算してもらうこともあるらしく……そのとき、ごまかされている気がしているらしい。でも、それを言いとがめることができないので不満が高じて怒鳴ることがある。そんな自分が情けなく仕事が嫌になったんだって。誰もカラオケ代をごまかしたりしないと思ううけど。たぶんママの被害妄想。

 ママのボケぶりは噂になっていた。ほとんど正常なんだが、代金のやりとりの時にもめるらしい。いくら電卓を叩きながら説明しても、ごまかさないでくれ、と言い張るので客が寄り付かなくなっていた。開店休業状態に嫌気がさしたのか、客からボケた、もうろくしたと揶揄されるのが耐えがたかったのか……

 寂しかったのか、人恋しかったのか、ママは従順にプーと川島さんについてきた。前もって平さんにママの好きな食べ物と音楽を用意してもらった。「月」の急な階段をママのお尻を押し上げてあがった。コワイコワイと言いながらもまんざらでもなさそう。
 ママのお尻はなにやら嬉しそうに揺れている。古いジャズなら聴くこともあるけれど、ママはもっぱら演歌。なかでも、ひばりにぞっこん。
 ママはお稲荷さんが好きなのよ。みやちゃんから仕入れた情報でおもてなし。
「ここで、美空ひばりをかけるのは、初めてだよ」平。
「他の客が来たらどうする?ジャズ喫茶で、ひばり?」プー。
「おもしれぇーじゃないの、ねぇ、ママ」島。
 ママはただニコニコしてうなずいている。

「おまたせ……」
 平さんはお寿司屋さんの大皿にお稲荷さんをピラミッドのように盛り付けて、奥のテーブルに運んだ。みんなカウンター席から移動して稲荷を頬張る。
「おいしい」ママ。
「これ、うちのカーチャンのお手製。20個,作ってきました」平。
「この薄あげの甘みがちょうどいいわね。甘すぎなくて」ママ。
「いけねぇー、食べるまえに教祖におそなえして」島。
「平さん、たぬきに稲荷でいいのかなぁー」プー。
「たぬきとキツネで……ばかしあい。ふふ」ママ。
 本人には内緒でママをポックリ教にいれた。

 6月下旬に入ると案の定、雨ばかり。たまに晴れても植物たちの匂いがうっとしい。急に気温が上がり蒸し暑く、身体がついていけない。この気だるさは何なんだろう。
 天候や歳のせいばかいではない。体の中に棲んでいる虫、みぞおちの斜め下で時おり思い出したように自己主張する嫌な奴。そいつは、痛いというほどの痛みではない違和感でプーを不安にさせる。

「スパゲティー屋さんで、ざるそばなんか、出してええんかいな……?」
 そんなプーの物言いも簡単に押し切られ、夏季限定で「ざる」と「天ざる」のみランチメニューに入れると、これがまた人気。
「ここは、そば屋さんなの?スパゲティー屋さんなの?」プー。
「まー、パスタ屋さん、でいいんじゃないの」ギー。
「和製パスタだもんねー。そうめんもやりましょう、天ぷら付けて。ギーさんの天ぷら、おいしいんだから、カラッと揚がって」みや。
「山ちゃんが見たら、泣くね」プー。
「麺食い、ミラノ、これでいきましょ」ギー。
「面食い、ミラノ、いいわね」みや。
「敦子さんも、泣くね」プー。

 そんなわけで、ミラノはイタリアンから(いたり庵)に変身しつつあります。梅雨の6月も和製パスタのおかげで、かろうじて収支トントン。
 ぷーも泣きをみないで済みそう。


(10)
「ミラノ」の裏手にプーの部屋が、偶然みつかった。
 ときどき食事に来たり、出前をとってくれる篠さんちの2階。もともと1階に篠さん夫婦が住み、2階に娘の3人家族が暮らしていた。それが、奥さんが亡くなり、この3月に婿さんの仕事の都合で娘家族が横浜に引越し、篠さんのひとり住まいになっていたのを知って、みやは不憫に思っていた。
 出前を配達したときなど、80ちかいおじいちゃんひとりでは詫びしすぎる。家が大きいだけにちょっと怖い感じもする。みやの脳の中で空いた娘家族の部屋とプーが1本の線でつながったとき、スパークした。
「篠さん、うちのプーさんが部屋さがしてるんだけど、お宅の2階、貸してもらえないでしょうかね?」
 篠さんは、すぐ返事できないようだった。というか、みやちゃんの申し出の意味をつかみかねているようだった。部屋を他人に貸すなど、考えたこともなかったのだろう。育ちや暮らしぶりから察して金が必要な訳でもないのだから、無理もない。篠さんは、ただただ困惑していた。

 娘さん家族が帰ってきたときに約束どうり、みんなで「ミラノ」にやって来た。みやは、安ちゃんと敦子さんにも頼んでおいた。2人は篠さんと娘さんとも昔からの知り合いだ。みやとプーでは相手にされないだろうが、2人がいれば、話は別だ。
「夜、たまに篠さんちに出前にいったときなど、なんとなく、物騒な気がしたのよね」
「おらー、大丈夫だぁー」篠。
「確かに、篠さん1人じゃ、無用心だわね」敦子。
「火の元なんかも心配なのよ」娘。
「まだボケてねーよ」篠。
「だからなるべく火を使わないで、『ミラノ』さんで食べたり出前をとったり、飽きたらコンビニやスーパーで弁当やお惣菜を買うように言っているのよ」娘。

 篠さんちの2階は2LDKでバス・トイレも付いて、入り口も別だ。プーひとりで住むには十分すぎ広さで、まだ新しい。自分の住む家だけに、いい建材でていねいに建てられている。家の中で1、2階いき
来できるようになっていて、間に鍵つきドアーがあるから、別段プライバシーに問題はない。

 食事をしながらお酒も入ったのでなごやかなうちに話はすすんで、ほとんど娘さんと敦子さんでまとめてしまう。安ちゃんと篠さんの男2人は昔ばなしばかりしている。
 プーのことは、知ってはいるが、まだ1年ぐらいの付き合いだし、詳しいことは分からないので、念のため安ちゃんに保証人になってもらいたい。また、こまごまとした決め事もあるので、娘さんの知り合いの不動産やに仲介してもらいたい。自分たち家族がこちらに戻ってきたときは、無条件で立ち退いてほしい。
「部屋を汚さないでね」娘さんは最後のところだけ、プーに言った。

 あさってには娘さん家族は横浜にもどるというので、翌日に娘さんと敦子さんが知り合いの不動産屋で契約してしまった。安ちゃんが保証人で住むのはプーだが、契約主は「ミラノ」になった。

 あれよあれよ、という間に話が決まり、次の日曜日には引越し。その間に敦子さん、みやちゃん、ヒロさん、女性軍が新しい部屋の掃除をしてくれる。ついでに、家具の配置もメモしてあって、パソコンの置く部屋は「ミラノ」の事務所兼倉庫になっていた。もう1つの部屋がプーの寝室で広いリビングは……

 夕方「ミラノ」で引越しの慰労会をやった。
 ギーが、お昼のバイキングの料理を多めに仕込んで慰労会にまわしてくれる。引越しそばも出してくれて
「プーさん、今日の支払いは、いいよ」
「ええ?」プー。
「プーさんの引越しだけど、ミラノの事務所開きでもあるし」ギー。
「ええ?」
「あの広いリビング、プーさん1人で使うのはもったいないわ」みや。

「ジュンはどうしたの。あいつも引越し手伝うって言ってたのに」ギー。
「彼からメールが入ったのよ。で、あっちへ行っちゃった」ナオ。
「なんだ、しょうがない奴だなぁ。アレか、アイツか?」
「そう、キュウリさん」
「どこがいいのかねぇ、あんなキュウリ」
「けっこう、やさしいんだって、顔に似ず」
「気持ち悪いよ。やさしいキュウリなんて、なぁ、オッス?」
「キモチワリー」オッス。

 ナオも「……のピンボール」なんか読んでないで、少しはジュンを見習ったら?」
「おおきなお世話」
 ピンボール投げるピッチャーのまねをしながら
「そうそう、17ページまで読んで投げ出したわ。小説の世界に入り込めないのよ」
 また投球のまねをするナオ。
「小説もだけど……映画なんか見ていて、つまんないんだけど、そのうち面白くなるだろう、そのうち……と思って、もうちょっと、もうちょっと、と見ているうちに終わりになって、なんだ、最後まで面白くないじゃん!って腹が立つことがあるのよ。つまんない映画に対してじゃなく、つまんない映画を最後まで見てしまった自分に文句つけたくなるのよ、もっと早く見切れなかった自分に」


 引越しして、はじめての夜は、なかなか寝付けない。
 慰労会の別れぎわ、オッスの表情がさえなかった。教員の試験が思わしくなく元気がない。この夏は田舎に帰らず就職活動に専念するらしい。
「就活でちょこちょこ都内へ出かけるから、それも急に決まったりするので、あまりバイトできない。土日とか、夜とか、ちょっとだ」オッス。
 喜多院の花見でオッスが見つけた増田さん親子。彼が「ミラノ」でライブコンサートをやってくれて、その音を平さんが録音してCDにしてくれた。それを聴きながら、引越しのときに出てきた母の写真を見ていた。

 その写真はのちのち、法事で里帰りしたときに、こんな物が出てきた、と兄が形見のひとつとしてくれたものだ。はじめて母の若い顔を見た。キリッと引き締まった顔つき。30、2、3歳。巫女のような装束に身を包み、お祈りをしているところらしい。
 プーは、母が42歳のときの子なので、若い母を知らない。母はプーの父とは再婚なので、以前の持ち物は処分したらしく、昔を思い起こすものは見当たらなかった。

 母が退院した、との連絡をうけ、久しぶりに帰省したのは、母が86歳のお盆だった。もう、ひとりではお風呂に入れず、トイレも簡易式のものを部屋の中に置いていた。
 素人目には病院にいた方がいいように思えたが、どうやら本人の希望であるらしい。でも定かではない。母と兄夫婦の間にはもつれた想いがはさまっているようだが、プーは遠く離れて母の介護は何もしていないから、何も言うことができない。
 不便ではあるが病院にはない何かが自分の家にはあるようだ。

 その8月の末に、追いかけるように母から手紙が来て、またすぐ実家にもどった。何が書いてあったのか、今では思い出せない。たいした内容の文面ではなかったように思うが、とにかく母に会いに行かねば、と思わせる手紙だった。
 行ってみるとそこに初めて見るおばさんが居て、母から手紙をもらって長崎からやって来た、と言う。父の姉の娘だから、プーのいとこにあたる。また、プーとは種違いの兄も来ていた。めずらしい親戚縁者が鉢合わせして、なごやかないち夜だった。
 そんな日が何日か続いた、と後で兄が言っていた。
「母にたのまれてな、手紙を10通も投函しに行ったんや。それでな、みんな集まったんや」

 その10日後、母はポックリ逝った。
 母は自分の死期をあたかも計画していたかのように、察していた。



     「嘘日記」その3 「ポックリさん」終わり。
     (これはフィクションです)






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